千葉県のイーグルレイクゴルフクラブは、2015年4月1日より既に会員権の名義書換を、開始しているとの事です。これは2015年5月12日に当該ゴルフ場の会員権ご担当者より、関東ゴルフ会員権取引業協同組合へ送られて来た情報にて、加盟会員権業者が知るところと成ったものです。

 2008年4月28日より開始された会員募集は、一旦2015年3月31日をもって終了したとしております。当ゴルフ場の会員募集、その会員種別は多岐にわたっておりました。それは下記の通りです。

レギュラー会員 175万円 保証金80万円
ファミリー会員 280万円 保証金130万円
イーグル会員 95万円 保証金無
インターナショナル会員 75万円 保証金無
インターナショナルファミリー 120万円 保証金無

 約7年に渡り116名の方が会員と成ったのですが、この会員募集はクラブにとって実りが少なかったと、言えるのではないでしょうか。あえてこの募集は失敗だったと、独断で言わせて頂くとして、ではその大きな要因は何だったのかと問えば、それは会員種別を多くし過ぎ、ゴルファーに対して焦点を散漫にさせた結果の様に思えます。付け加えるならば、ゴルファーによるコース評価、例えば好き嫌いがはっきりと別れてしまう点も、多分に影響している様に思えました。

 今後は体制を整えるべく、4月から会員権の名義書換を開始し、既存会員権の名義書換を促進させる様です。この書換に当たり会員種別はレギュラー会員のみに集約し、その他の会員種別は廃止するとしております。名義書換料は一口50万円とプラス消費税ですが、初回に限り無料で書換が出来るとしております。尚、この度の名義書換は、2015年12月末までと期間を限定しております。

 2015年5月13日参院本会議に於いて、「スポーツ庁」設置へ向けた法案(文部科学省設置法の一部を改正する法律案_スポーツ庁の設置)が、全会一致で可決しました。この事により2015年10月1日スポーツ庁が発足する事になった訳ですが、今後の焦点は文部科学省の外局として、初代長官の人事に成ろうかと思われます。スポーツ庁では

  1. スポーツ基本計画などを行う「政策課」
  2. スポーツの普及や子供の体力向上などを図る「スポーツ健康推進課」
  3. 選手強化へ支援などを行う「競技力向上課」
  4. 国際大会の招致などを行う「スポーツ国際課」
  5. 2020年東京五輪・パラリンピックの準備などを行う「オリンピック・パラリンピック課」

の以上5課が新設される事に成ります。文科省による(競技力向上事業)予算は2015年度74億円で、2014年度より1.5倍に増えているとの事ですが、2015年からの6年間では更に800億円から1,000億円になると試算されており、その原資は主に税金です。

 テレビ報道などでは、日本に於けるマイナースポーツとしてフェンシングが取り上げられ、競技活動を継続して行く中で、如何に選手の自費負担が多く、家族で選手を支えている姿が描かれていましたが、スポーツ庁発足によりこの様な競技へも活動資金がまわってくるであろう事として、この度の意義が語られておりました。

 これは当然日本ゴルフ界にも言える事で有って、国のバックアップをももって、更に世界へ伍して行ける競技に成ってもらいたいものだと、願わずにはおれません。

清水直弁護士著「あきらめるな!会社再建」を読んで

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 2001年4月26日に初版が発行された清水直弁護士の「あきらめるな!会社再建」を読んだ。第1刷が4月26日で、6月20日には第4刷が発行されており、私が手にしているのはその第4刷である。

 1版で何千部何万部印刷したのかは、知る由も無いが、ほんの2ヶ月間で4刷とは想像を絶する人気だったと言えるのでは無いだろうか。書店で平積みにして、飛ぶ様に売れたと言う事で有ろう。如何に本書を必要としている方々が、多かったかを物語っていると言える。この売れた背景には、著者の弁護士としての手腕や人柄、著書の内容も大変評価されての事だと言えると共に、2000年4月に民事再生法が施行されたと言う事も、見逃せない点では無いだろうか。

 1990年2月をピークとしたバブル経済も崩壊し、約10年が経過した日本は、今日メガバンクと言われる当時の都銀が、不良資産に苦しみ、その後金融庁による公的資金導入へと道筋をつけるのだが、何とも閉塞感が漂う重苦しい雰囲気が社会をおおっていた時期でもあった。この様な中で、多くの企業が法的整理へと突き進んで行ったのである。それは会社更生法で有ったり、破産で有ったり、民事再生法、和議などで有った。本書は五章で構成されている。

  1. 企業再建の目指すところ
  2. 再建の効果的な実践方法
  3. 赤字の原因を突き止める
  4. 改善策の策定と実行
  5. むすび 再建は初めに人ありき

本書を読み進んで行くと、著者が実際に係った事案を引き合いに出し、具体的に記述されており、ポイントが適格に示されている。そして企業再建の本質とは何かを語っている。

 ところで著者はゴルフ場の再建にも多く係っている。特に浜野ゴルフクラブに於けるアコーディアゴルフと自主再建を目指す会員の闘いは、記憶に新しいところであり、近代日本ゴルフ史に大きな足跡を残した大事件で有った。この闘いに於いて、会員側の代表弁護士として活躍したのが、清水直氏で有った。清水弁護士無くして、この闘いは語れないと言っても過言では無く、会員側勝利へ導いた要石で有った。

 その著者がこの度、千葉県のスカイウエイカントリークラブに於ける闘い、まさしく浜野ゴルフクラブと同様のアコーディアゴルフに対する闘いに、会員側弁護士として立ち上がったと言う。本書は専門用語も少なく、読み易い文章構成と成っている。

  • 著 者  清水 直
  • 発行者 浅野 順次
  • 発行所 東洋経済新報社

ビリー・キャスパー(1931 – 2015)を偲ぶ_読者寄稿

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 今年のマスターズは主役が2人いて、例年にも増して盛り上がった。勿論、一人は大会史上最少スコアとタイの270(18アンダー)で完全優勝を果たした21才のジョーダン・スピース(Jordan Spieth)、もう一人は63才のベン・クレンショー(Ben Crenshaw)である。松山英樹が11アンダー、特に最終日ボギーなしの66で、5位に入ったのは称賛されるが、彼の力は既に世界のトップレベルに達しており、特段驚くことではないと思う。

 マスターズだけは毎年4日間ともテレビの生中継を観る。それはコースの美しさ、品の良いパトロンの声援、そして選手が繰り広げる熱い戦いのドラマが一体となって画面を飾っているからである。松山英樹の活躍があって、日本の新聞も今年は大会の模様を可なり詳しく報じていたので、それには触れないことにする。

 アメリカのESPN(初日、2日目)とCBS(3日目、最終日)は恒例の競技終了後の主な選手のインタヴューに加え、今年は最後にクレンショーと2人のコメンテーターによる鼎談番組を放映した。マスターズは本来Augusta National Golf Clubの招待ゴルフ・トーナメントであって、歴代優勝者は全員招待される。プレーに参加するかどうかは本人の自由。マスターズ制覇2回を含むツアー通算19勝のクレンショーは本大会を最後のマスターズにしたいと宣言してプレーした。その特別番組の中で、マスターズの思い出を中心にゴルフと人生について語ったが、僕には次の話が特に印象に残った。

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 予選ラウンドの2日間、周りを囲んだパトロン達がスタンディングオベーションで温かく声援を送ってくれた。特に18番の幾重にも連なったパトロンのスタンディングオベーションには優勝したのか!と錯覚するような強い感動を覚えた。実はスピースには最終日の朝、“Keep your head down. Then, this tournament is yours.” と電話で激励して上げた。意訳すれば「(周りのプレーヤーを気にせず、勝ちを焦らず)今まで通りの自分のプレーに徹しなさい。そうすれば、この大会は君のものだ。」

 スピースはこの1~2年頭角を現してきているが、そのプレーぶりに感心していた。そして、彼はビリー・キャスパー (William Earl Casper, Jr.) の再来ではないかと思った。実にステディなプレーで、特にパッティングとショートゲームの上手さで、余り飛距離が出ないドライバー・ショットのハンデをカヴァーしている点がキャスパーそっくりである。ただ、キャスパーのパッティングスタイルはスピースとは全く異なる。(注1)21才のスピースはキャスパーのように、これからトップ・プレーヤーとして長く君臨するだろう。

注1

 肩の力を抜く為か、構えた後パターを2?3回軽く上下させ、バックスイングを殆ど取らず、リストを使い、ただボールをカチッとヒットする打ち方。従って、フォロースルーも小さい。クレンショー(やはりパッティングの名手)もスピースも松山も、確りボールをヒットする点では変わりはないが、ゆっくり目のバックスイングで長めにフォロースルーをとるパッティングをする。これが今の主流だが、スピースのパッティングには何か天性を感じる。

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 クレンショーの愛称は Gentle Ben(優しいベン)で、アメリカではファンに最も敬愛されて来ているトッププロである。二人はテキサス大学の先輩と後輩の間柄。スピースが生まれ育ったのはペンシルバニア州だが、クレンショーはオースティン市生まれのテキサス子。後輩を温かくこっそり激励した大先輩、そのアドバイスを忠実に守って、ミケルソンら強豪の追い上げに全く隙を見せなかった21才の若者。

 何という素晴らしい出来事だったろうか! 2位タイに入ったジャスティン・ローズの次の言葉が全てを物語っている “He just never really opened the door.”

 さて、キャスパーが2月7日、心臓マヒでユタ州の自宅で急死したとのニュースを新聞で知った時は驚いた。パーマーより2才年下のまだ83才、体調を崩しているとの話もなかったからだ。その後、アメリカのゴルフ雑誌Golf Digest 4月号がフル・ページを割いて写真入りの素晴らしい追悼記事を載せていたが、クレンショーが「スピースをキャスパーの再来」と称えたのは「成程!、そうだなぁ」と思え、キャスパーについて書き残しておきたいことがあるのに気付いた。クレンショーに感謝したい。

 キャスパーの全盛期は1955年から1970年代初頭に掛けてだったが、偶々ニューヨークに駐在していた1960年代後半、2度彼のプレーを目の当たりにしたことがある。今も鮮明に浮かんでくるのが PGA ツアーのウエストチェスター・クラシック(当時の大会名称)での一光景。

 キャスパーの組に数ホール付いていたが、バーディを取って次のホールに移動する時、近くに居た彼のファンの一人が、“Billy, make a charge, will you?!” (ビリー、追い上げろ!)と声援を送ったところ、キャスパーは無言で小さく、しかし確りと首を縦に振って声援に頷いた。キャスパーの慎ましい人柄が出た反応である。

 特に、1960年代はA.パーマー、J.ニクラウス, G.プレーヤーの’ビッグ・スリー’と称されたトリオがメディアと一般のファンに持囃された時代で、実力・実績では引け劣らないことは玄人のファンには分かっていたが、地味さが災いしてキャスパーには耳目が余り集まらなかった。

 「The Big Threeは総合メディア運営事業の先駆け International Management Group (IMG) の創業者 MarkMcCormack氏の命名によるもの。まず、1960年パーマーと手を結び、ニクラウスとプレーヤーの代理人も務めた。マコーマック氏は弁護士だったが、ライセンシングやCMビジネス、或いは企業買収などの IMG のコアー事業を拡大し、アメリカン・ドリームを成就させた起業家の一人であった。ユニークな内容の企業経営指南の本も何冊か著し、小生もその昔読んだことがある。2003年死去。

 キャスパーは「グリーン上の魔術師」と呼ばれた通り、パッティングの上手さが一番有名だったが、真骨頂は卓越したショット・メイキング、コース・マネージメントと、チョーク(choke、緊張して堅くなる)することが一切無かった点にあると、何度も一緒に戦った’ビッグ・スリー’を初め、キャスパーのプレーを知っているプロゴルファーと著名な評論家は指摘している。弱めのパッティングは無かったと云われた所以であろう。

 当時、小生にとって、キャスパーの一番の魅力は、外連味のないスイングとプレーの早さ、即ち構えたら躊躇することなく直ぐゴルフボールを打つことであった。勿論、練習により培われた自信の裏づけがあったにせよ、精神面の強さを含めた天性によるところが大であったに違いない。難しそうな池越えのショットでも、うねったグリーン上の長い距離を残したパッティングでも、いとも簡単にプレーするので、それが反ってギャラリーやテレビの視聴者には退屈に映ってしまったのかもしれない。

 でも、現役時代は過小評価されていたキャスパーの実力は彼の引退後に正しく再評価された。末尾に記した数々の数字がそれを立証している。2012年にキャスパーは自叙伝『The Big Three and Me』(Genesis Press, Inc.) を出版したが、’ビッグ・スリー’は寄稿した序文の中で、本当は ‘Big Three’ではなく, ‘Big Four’だったと回顧している。それを読んで、キャスパー・ファンの一人として本当に嬉しかった。控えめな性格のキャスパーも、具体例を挙げて4人の間は厚い友情で結ばれていたことを記している。

 ゴルフ以外の私生活でも、キャスパーは歴代のプロゴルファーの誰よりも素晴らしい人生を送った。一言でいえば、家族と信仰心を最も大事にしたことである。夫人のShirleyさんとの間に5人の子宝に恵まれた上に、6人の子供を養子として迎え入れ、11人を育て、孫だけでも71人居る。敬虔なモルモン教徒の夫妻はサンディエゴの出身(1952年に結婚)だが、モルモン教のメッカ、ユタ州に大農場を購入し、家族共々そこで過ごすことが多かった。

 トーナメントプロとしての全盛期にも、オフがあれば教会の福祉活動に励み、勿論引退後も続けた。Shirleyさんは特に敬虔な教徒で二人が所属する the Church of Jesus Christ of Latter-day Saints.の日曜礼拝を欠かしたことはなかった。

 子供の時 San Diego Country Club でキャディのアルバイトをしたことがキャスパーをプロゴルファーに導いた。子供へのチャリティ活動に特に熱心で、同クラブで毎年 “Billy’s Kids” の名称の青少年ゴルフ大会を主催している。 ツアー引退後は、他のトッププロと同様、ゴルフ場の設計・管理の事業会社を立ち上げ成功を収めている。

 実は、大ファンなのに、先の自叙伝を読むまで、キャスパーのニックネームが ‘Buffalo Billy’ であることを知らなかった。その来たるところは次の通りだ。1960年中頃、体調を崩し、名医に検査してもらったところ、その原因が卵、豚肉、ピーナッツなどの食べ物と特定の化学物質に対するアレルギー反応にあることが判明して、食生活と家の中の備品などをガラリと変えた。

 体調快復後のあるトーナメント出場の初日、取材に来ていたスポーツ記者団から、減量して引き絞まった体型について質問を受けたので、「医者の指示で、豚肉などアレルギー反応のでる食品を断ち切り、バッファロ(水牛)以外の肉は食べてはならない事になった」と答えたところ、早速 ‘Buffalo Bill’ の渾名がつけられたと。

 それでは、キャスパーのPGAツアーの主な実績に付いて触れておきたい。(対象期間は1950年から2011年末まで、但しタイガーなど現在プレー中の若い世代の選手との比較及びチャンピオンズ・ツアー、海外での成績などは省略)

  1. 出場回数に対し優勝した確率は9.2% (51/556)ニクラウスの 12.3% (73/594) に次ぎ第2位、トップ 25 に入った確率は 68% (380/556) で第1位、ニクラウスは 65% (389/594)
  2. ツアー優勝回数:51はスニード、ホーガン、タイガーなどを入れても歴代第7位。その内メジャーは全米オープン2回、マスターズ1回。
  3. 年最低1回優勝の連続記録_16年間(1956年から1971年)はパーマーとニクラウスの17年間に次ぐ歴代第2位。
  4. Vardon Trophy(年間最少ストローク賞5回)_タイガーの6回に次ぐ史上第2位タイ、タイはトレビノ)1960, 1963, 1965, 1966, 1968
  5. Ryder Cup 獲得ポイント_23 1/2 (2010 7引き分け) はアメリカチームの歴代第1位。(パーマーの 23 が次)1979年にはキャプテンの栄誉に輝き、アメリカを勝利に導いた。
  6. PGA Player of the Year: 1966, 1970 の2回。
  7. PGA年間賞金王: 1966, 1968 の2回。
  8. World Golf Hall of Fame(世界ゴルフ殿堂)入り: 1978年

 偉大なレジェンドがひとり世を去ったが、クレンショーが話したように、伝統を受け継いでくれる素晴らしい若者が出てくることを期待したい。  ―了―       2015.5.7. [N. K.]


 上記内容は、2015年5月7日にN.K. 様より、当(ゴルフ事件 過去帖)へご寄稿頂いたものを、全文修正する事無く掲載致しました。但し頂いた原稿は明朝体でしたが、これをゴシック体へ変更させて頂きました。又、WEB読者の方が読み易い様に、行間を空けた点が変更箇所です。

 千葉県の京葉カントリー倶楽部では、2014年12月1日より株主会員より株式買い取り手続きを行っておりましたが、2015年3月31日をもってこの手続きを締め切りました。2015年5月1日には(株)タキナミから応募者への払い込みも済ませており、以降株券は無効としております。

 同ゴルフ場の親会社である(株)タキナミは、経営会社である(株)京葉カントリークラブを完全子会社化すべく、(株)京葉カントリークラブ株式20口と(株)タキナミの株式1口を交換する事としました。

 しかしながら同倶楽部株主会員1,145名がそれぞれ保有している株式は、1口乃至2口が大半で有る為に端株扱いと成り、1口2,740円にて買い上げる事と成ったのです。これは2014年11月28日(株)京葉カントリークラブ臨時株主総会に於いて決議された内容であり、第三者機関を通じて査定した端株価値と買い取りについては、その後東京地裁へ申請し同地裁からの決定も出ているとの事です。

 2015年5月1日以降、同倶楽部は預託金のみのゴルフクラブと成りました。

 株式会社コーディア・ゴルフは2015年4月30日に、小田急不動産株式会社が経営する千葉県佐倉市のゴルフ練習場を、2015年7月1日付けで取得する事を広報を通じて明らかに致しました。小田急不動産株式会社は新設分割により、2015年7月1日に株式会社アコーディアAH39を設立しゴルフ練習場の資産を承継させ、その後その全株式を株式会社アコーディア・ゴルフへ譲渡する内容です。

 株式会社アコーディア・ゴルフは小田急志津ゴルフクラブを取得する事により、練習場は26ヶ所目と成るのですが、この事により他のゴルフ関連事業者には無い、優位性を得られるとしております。又練習場からもたらされるシナジー効果、或いは練習場単体での収益が、グループ全体の収益に貢献するものだ、としております。

  • (株)アコーディアAH39
  • 東京都渋谷区渋谷二丁目15番1号 渋谷クロスタワー
  • 代表取締役社長 鎌田 介
  • 資本金 50百万円
  • 事業内容_ゴルフ練習場の経営
  • 小田急不動産(株)
  • 東京都渋谷区初台一丁目47番1号
  • 取締役社長 雪竹 正英
  • 資本金 21億4,000万円
  • 事業内容_総合不動産業

浜野ゴルフクラブは5月1日より入退会規約を改正

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 千葉県の浜野ゴルフクラブは、2015年5月1日より、入退会規定を改定致しました。改定した内容の大きなポイントは2点で、第2条の入会資格と第5条の入会資格審査です。

 かつて入会希望者の資格条件として、日本ゴルフ協会(以下JGA)加盟の他倶楽部に3年以上在籍している事を求めておりましたが、条文前文に(原則として)と言う文言を付け加える事で、絶対条件としなくなりました。また第5条の入会資格審査では、JGAハンディキャップ取得者に対して同伴プレーを免除しておりましたが、この免除規定を削除し、入会申請者全員へ同伴プレーを義務づけました。

 この度の同伴プレーを全員へ義務付けた背景には、ハンディキャップを盲信してはならない、ゴルフの技術が高い事が必ずしもマナーの良いプレーヤーとして、イコールでつながらない事のコンセンサスによるものです。この度の改定は、2015年3月の理事会に於いて決議され、4月の経営会社取締役会に於いて承認された内容で有り、その施行を5月1日としたものです。

 同クラブでは度々入会条件を、改定しております。例えば2010年6月、例えば2014年9月、そしてこの度の改定と、臨機応変に矛盾点を改定する姿勢は、まさしくクラブ純化作用が有効に機能しているのだと見て取れます。変化は時として苦しいものですが、変化無くして進歩も無いのだと言えます。

 2015年5月9日東京錦糸町に於いて、第2回スカイウエイカントリークラブ会員集会が、(考える会)主催のもと開催されました。集会は開式に始まり、世話人代表挨拶から東京地裁民事8部との協議状況報告と続き、更に活動資金に付いての説明、最後に株主会員制移行後の運営などが、話合われました。

 この中で特筆すべきは、御山弁護士による説明です。

 会社更生事件では、会社更生法適用が適切か否かを調査しなければならず、通常2,000万円から3,000万円の予納金を、裁判所へ納める必要が有るとの事です。しかしながらこの度の案件に於いては、条件付きでは有るものの、調査委員選人手続きを省略し、予納金無しで会社更生申し立てを受理して頂けると言う、裁判所からの方向性が示されたとの事です。

 弁護士曰く、これは前代未聞との事でした。又、ある会員の方からは、次の様なエピソードを聞く事が出来ました。その方のご友人である会員A氏が、ゴルフ場取締役の方へ、(債権額の40%超をアコーディアゴルフが弁済すると、なぜアコーディアゴルフが書面で言わないのかと質問したところ、今度アコーディアゴルフさんへ話してみるとのご回答だった様です。

 この度明らかにされた確定預託金債権者数は765名、預託金総額は5,120,000,000円です。この闘いを継続して行く為に会員へ(考える会)は、拠出金を求めているのですが、株主会員制へ移行し新会社が軌道に乗り次第、返納するとしております。

 2015年5月14日(木)から17日(日)までの4日間、埼玉県の太平洋クラブ江南コースに於いて、「第83回 日本プロゴルフ選手権大会 日清カップヌードル杯」 略して 『日本プロ日清カップ』 が開催されます。

 同大会に於いては様々な企画が用意されている中で、注目すべきは大会3日目(16日)の16番ホールピン位置を、WEBを通じてゴルフファンに決めてもらう、と言うものです。WEBのURLは、< http://news.golfdigest.co.jp/tournament/ore16/ >から確認出来ます。

 ピン位置はあらかじめPGAトーナメントデイレクターにより、A~Dの4ヵ所が設定されており、その中から相応しいと思われる位置を選択し、最も得票の多かった位置が採用されるとの事です。この企画は公益社団法人日本プロゴルフ協会と(株)ゴルフダイジェスト・オンライン(以下GDO)によるコラボ企画であり、応募にあたってはGDO会員登録(無料)が必要としております。当大会の実施要項は下記の通りです。

  • 主催 公益社団法人日本プロゴルフ協会
  • 協賛 (株)太平洋クラブ
  • 後援 文部科学省、埼玉県、熊谷市、深谷市、熊谷市教育委員会
  • 後援 熊谷商工会議所、くまがや市商工会、くまがや農業協同組合
  • 後援 日本テレビ放送網(株)、読売新聞社、報知新聞社
  • 協力 一般社団法人日本ゴルフ用品協会、日本ゴルフ写真家協会
  • 会場 太平洋クラブ江南コース
  • 賞金 総額150,000,000円  優勝30,000,000円
  • 特別協賛 日清食品ホールディングス(株)
  • 運営協力 (株)ダンロップスポーツエンタープライズ
  • 出場人数 144名

 尚、放送は日本テレビをキーステーションにして地上波は、5月16日、17日の2日間、そしてBS日テレでは深夜枠で2日間、CS放送は4日間1番ホールと9番ホールを生中継します。メジャー第1戦、熱い戦いが展開される事と思います。

2002年より2015年4月迄の約13年間で102ゴルフ場減少

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 一季出版(株)のゴルフ特信第5801号は、2002年より2015年4月までに於いて、全国のゴルフ場数が102コース減少したと伝えております。

 2002年に営業中ゴルフ場数は全国で2,352コースでした。その後13年を経過した2015年4月の先月に於いて、営業中ゴルフ場数は2,250コースと成ったのです。ゴルフ場の減少は2005年より一つの流れ、ゴルフ場業界の傾向と成り、2011年からは年間減少数も増加して来ています。

 閉鎖されたゴルフ場の跡地活用としては、メガソーラーへの転換が多く、おる意味メガソーラーへの転換が可能と成ったが故に、ゴルフ場の閉鎖が加速したとも言えます。

 この減少傾向に歯止めが効くのか否かは、ひとえにゴルフ人口の動向と共にあると言わざるを得ず、この調和がとれたところが着地点ではないかと思われます。いずれにしてもこの閉鎖されていくゴルフ場の中には、会員制ゴルフ場も多く、ゴルフ場の暴力的解体には不利益を被る多くの会員が存在する事を、軽視してはならないと言えます。