南市原ゴルフクラブでは6月より会員権の名義書換開始

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南市原GC_tact.jpg 千葉県の南市原ゴルフクラブでは、2019年6月1日より会員権の名義書換を開始します。当該ゴルフ場は1994年10月にDIC株式会社が、法人会員制ゴルフ場として開場させました。その後2011年2月に入りDICは、会員へ預託金を全額返還し同クラブを解散しております。

 同時に当該ゴルフ場をアコーディアグループへ売却したのですが、譲り受けたアコーディアグループでは、2011年4月にゴルフ場名を南市原ゴルフクラブへ変更し、パブリック運営を開始したのです。

 約1年が経過した2012年6月に入りアコーディアグループでは、当該ゴルフ場を会員制として運営形態を切り替えると共に、会員募集を開始しました。そしてそれは約7年が経過した今日、485名を擁するクラブとして発展して来ています。

 当該クラブでは会員募集を開始するに当たり、新規に入会した会員は入会後3年間、自らの会員権を譲渡する事は出来ないとした縛りを設けておりました。しかしながらその様な規定が、時間の経過と共に及ぼさなくなった会員も既に存在する事から、この度の名義書換は順当な措置だったと言えるものです。

 この度の名義書換料は40万円とプラス消費税ですが、トランスファー制度、家族入会割引、シルバーステイタス割引、新グランドステータス制度などの特典も有効利用する事が可能です。法人内の記名者変更手続き料は10万円プラス消費税、更に二親等以内親族への名義変更料は5万円とプラス消費税です。

 なお会員募集に付いてクラブでは、引き続き継続し行って行く方針との事です。

麻倉GC_tact.jpg 千葉県の麻倉ゴルフ倶楽部では、会員である名義人が亡くなった場合、そのままの状態で当該会員権を第三者へ譲渡する事は出来ません。一度代表相続人へ、名義書換をする必要が有るのです。

 同倶楽部に於ける会員権の名義書換は、ゴルフ場が開場してから5年ほどが経過した2013年10月25日より開始され、今日に至っております。今年で5年以上が経過した事になりますが、この間上記の様な相続による第三者譲渡は数件の実績が有り、これらは全て規定にのっとり、相続人への名義書換を済ませた後に譲渡されました。

 この手続きにかかる費用は20万円と消費税ですが、これはあくまでも便宜的措置ですので、推薦者を立てたり或いは支配人との面接や同伴プレーなど、通常の入会手続きを求められる事は有りません。相続人が新名義人となり尚且つ譲渡者となる事で、煩雑な相続書類を誰彼と開示する必要も無くなり、会員権の売買も成約し易いと言えます。

 この事から会員権市場に於ける、同倶楽部会員権の相続案件は、有り得ない事になります。ところで相続人が、当該会員権を第三者へ譲渡する事無く継承し入会する場合、或いは親族間贈与の場合も上記同様の手続きになるとの事です。

 関連する以前の記事は、下記のリンクよりご確認頂けます。
麻倉ゴルフ倶楽部は自社ブランドのキャディバッグを販売

麻倉ゴルフ倶楽部の第5次募集は順調に終了

八千代ゴルフクラブが8月より太平洋クラブによる運営へ

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太平洋クラブ_tact.jpg 株式会社太平洋クラブは2019年5月22日、千葉県のパブリックゴルフ場である『八千代ゴルフクラブ』を取得するとして、同社広報のニュースリリースにて明らかにしました。

 同社は2019年8月1日のこの日、現経営会社であるユニゾ不動産株式会社より経営権を取得するとしておりますが、取得方法がM&Aなのか会社分割による新設法人を取得するものなのか、詳細は現時点で未定の様です。

 また太平洋クラブでは同ゴルフ場の体制を整えた後、速やかに同ゴルフ場を共通会員制システムへ組み入れたいとしておりますが、そのタイムスケジュールや内容も又未定であり、正しく現在作成中としております。なお同ゴルフ場の概要は、下記の通りです。

  • 名称 八千代ゴルフクラブ
  • 住所 千葉県八千代市米本2834
  • 開場 1961年9月15日
  • 設計 安田幸吉
  • 種別 林間
  • 面積 66万平方メートル
  • 規模 18ホール/6,138ヤード/JGAコースレート69.4

 なおユニゾ不動産株式会社によれば、『8月1日より運営が交代するのは事実であるものの、それ以外の詳細は未定』としており、経営権に関しては今も詰めの作業中である事を匂わせており、若干戸惑いも見れるのです。これらを総合するとこの度のニュースリリースは、太平洋クラブによるフライングだったのではと感じさせるものです。

 太平洋クラブでは2014年4月に現体制へ移行時、国内に20コース体制を目指す事を当面の中期的戦略として位置づけておりましたが、この度の『八千代ゴルフクラブ』取得へ向けた動きは、正しくこの戦略目標達成へ向けた一貫と言えます。

ニュー・セント_tact.jpg 2019年1月29日より栃木県のニュー・セントアンドリュースゴルフクラブ・ジャパンは、新たなる経営会社のもとで営業を開始しております。ノザワグループより新たに同ゴルフ場を取得したのは、株式会社東横インホテル企画開発(代表取締役社長:西田憲正_以下東横イン)です。

 同日東横インの取締役である朝海正裕、猪股和明両氏は、同ゴルフ場の経営会社である株式会社ロイヤルワールドゴルフ倶楽部の取締役へ就任すると共に、尚且つ猪股氏は代表取締役へ選任されております。

 東横インとしては初のゴルフ場取得に成りますが、その目的に付いて同社広報では、「600万会員の利便性向上と付加価値の拡大」としております。あくまでも東横イングループのコア事業はホテル運営であり、それは今グローバル展開をしており、600万会員の満足度を高めて行く事は、とても重要な事業だとしております。

 今回のゴルフ場取得はM&A手法によるもので、スタッフを含め全てが東横イングループの傘下企業と成った訳ですが、当面ノザワグループによるノウハウ支援も必要な事から、ノザワグループの中心人物である野澤敏伸氏にも、代表取締役として新たに就任してもらった様です。

 東横インによれば、この度の株主移動による同クラブ会員の権利及び義務関係に付いて、影響は皆無としております。また東横イングループとして、今後更にゴルフ場数を増やす予定は無いとの事です。

埼玉長瀞ゴルフ倶楽部は5月31日営業終了

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埼玉長瀞GC_tact.jpg 埼玉県の埼玉長瀞ゴルフ倶楽部は自らのWEBサイト(2019年5月22日時点のURL_http://www.nagatoro-gc.com/)にて、2019年5月31日をもって営業終了する事を明らかにしております。

 当該ゴルフ場所有者である株式会社緑友会は2018年8月に破産手続きを開始しており、以降現在もその手続きは進行中です。破産管財人青山隆治弁護士所属事務所によれば、終結はまだ先の話になりそうとの事です。なお営業停止に付いては、報告を受けていたとしております。

 当該ゴルフ場は借地割合も多い様ですので地主へ返すものは返し、換価出来る機材などは市中へ放出され、今後も破産手続きと言う解体作業は粛々と進行して行くのだと思われます。

 当該ゴルフ場の運営を受託している株式会社さいたまリゾート産業によれば、プレーヤーの来場は日常的に見込めるものの、客単価は非常に安く7,000円に満たないとしております。しかしながらこれは、このエリアの標準的価格との事です。

 ゴルフ場としての再生を見込めないが為に、昨年破産手続きを選択したのだと思われますが、6月以降又一つ営業中ゴルフ場が減る事になりました。

多摩CC_tact.jpgのサムネイル画像 東京都下の多摩カントリークラブでは、名義人が亡くなった会員権の第三者譲渡手続きに於いて、事前に相続人より関係書類を東京事務所へ提出する事を求めております。

 例えば改製原戸籍であったり除籍謄本など法定相続人が確認出来、尚且つ当該会員権売却にあたり各人からの同意など、資産売却の正当性を確認出来る書類を提出する必要が有るのです。

 同クラブではこの確認作業を通じ、故人にまつわる重要な書類や相続人に関係する個人情報が、不用意に第三者に閲覧・漏洩される事の無い様務めています。この結果、当該会員権の流通過程に於いて譲渡者は、簡素化された書類で売買手続きが可能になるのです。

 この会員権を譲り受けた入会希望者にとっても、クラブが既に譲渡書類を受理していると言う安心感が、入会手続きをよりスムースなものへと導いてくれます。更に欲を言えば、クラブから預り証を譲渡者である相続人へ発行して頂く事で、より安心安全感を多くの関係者が持てるものと思われます。

ザ・ゴルフクラブ竜ヶ崎では正会員の補充募集を開始

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ザGC竜ケ崎_tact.jpg 茨城県のザ・ゴルフクラブ竜ヶ崎では、2019年5月18日より正会員の補充募集を開始しております。昨年6月1日より開始された90万円と100万円募集は、2019年4月末にて終了しておりますが、予定以上の成果を克ち取る事が出来た様です。

 それは2019年5月現在で正会員数が、500口に達している事からも、反響の大きさを読み取る事が出来ます。そしてこの度間髪を入れず130万円募集を開始したのですが、その概要は下記の通りです。

  • 募集会員 正会員(個人、法人一名記名式)
  • 募集金額 130万円(全額入会金)+消費税
  • 募集口数 50口
  • 募集期間 2019年5月18日から定員に達する迄
  • 年会費額 10万円+消費税
  • 割引特典 1、会員紹介の場合110万円+消費税にて入会可
  • 割引特典 2、2口以上同時入会の場合、一口120万円+消費税にて入会可

 なお募集期間中も既存会員権の名義書換を停止にしないとの事ですが、もともと会員数が少ない事も有り、市場へ売りが出て来るケースが少なく、売買が成約する確率は低いのだと思われます。であるが故に会員募集を行う意義もまた、有るのだと言えますが。

ジャックス裁判20190517.jpg
ジャックス裁判へ向かう『守る会』有志

 2019年5月17日東京地裁民事第三部に於いて、原告「ゴルフスタジアム被害者を守る会」によるジャックスを被告とした債務不存在確認請求事件<平成29年(ワ)第22731号>の公判が、田中秀幸裁判長のもと開廷しました。

 この公判の中で田中裁判長は、原告側に対し最終的書面が何時頃整うかとしたのに対し、原告側今成弁護士から今年の7月末までには、提出出来る見込みであると報告しました。この事から次回の公判は8月末と成ったのですが、遅れている理由として、正確な個別事情表を作成している為として、田中裁判長の理解を求めたのです。

 この原告側申出を了解した田中裁判長は、返す刀でジャックス側被告に対しても注文を付けたのです。それは当該事件で原告となっているローン・リース契約者と、ジャックス側が交わした確認記録を提出する様に求めたのです。この求めに対し被告側は、即座に反論する事無く、「わかりました」と述べるのが精一杯だった様に見受けられました。

 余りにもか細い声の為、裁判長は再度大丈夫ですねと尋ねたところ、「はい」との返事をしたのです。あまりにも突然の事の様で、被告側は想定していなかったのでしょうか、明らかに動揺している様でした。

 閉廷後今成弁護士は「守る会」有志を前に、ゴルフスタジアム破産管財人側から提出された資料には、貴重な内容が沢山有り、ローン・リース会社のずさんさが一目瞭然としていると報告したのです。更にこの裁判を有利なものへと展開して行く為に、次の大きな一手も考えているとしたのですが、その手の内を開示する事は有りませんでした。

府中カントリークラブの偏った需給バランス

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府中CC_tact.jpgのサムネイル画像 府中カントリークラブに於けるゴルフ会員権の需給バランスは、年間を通じてみた場合、偏った構造をしています。これは一重に年会費の徴収システムに、起因していると言わざるを得ません。

 同クラブの年会費額は、年間8万円プラス消費税です。同クラブ会員が自らの会員権を売却する場合、この年会費を完納状態にする必要が有ります。でなければ当該会員権を取得した入会希望者へ、名義書換が出来ないからです。

 大半のクラブでこの様にしている事から、此処までは同クラブが特殊では有りません。ところがこの完納にした年会費を、期の途中で名義書換をする場合、入会希望者との間で按分清算出来ないのが、同クラブの特色になっています。

 期の始まりである1月に売却しても、1年分の年会費を負担する必要が有り、更に翌期を迎えようとしている12月で有っても同様です。であるならば1月に売買を成約させるよりも、秋頃まで相場動向を見極めたいと、売却を予定している誰しもが考えるのは不思議ではありません。

 1月以降3月下旬までは買い多く、売却案件の少ない状況が続きます。夏を越した頃より売り多く、買いが少なくなる傾向にあります。毎年必ずこの様なパターンになる訳では有りませんが、この様になり易い要素を多分に持ち合わせているのが、同クラブの相場動向と言えます。

 年会費の徴収システムを改定しない限りこの傾向は、同クラブの会員権相場につきまとう事になります。同クラブのゴルフ会員権相場動向は、この様な構造的要素を内包していると、売却を予定している会員にとっても、また入会希望者にとっても理解しておく必要が有ると言えます。

訃報_小針春芳氏4月19日ご逝去

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kobari180231pga1.jpgPGAより提供された小針氏写真

 2019年5月15日公益社団法人日本プロゴルフ協会(以下PGA)より、訃報が飛び込んで来ました。それは名プレーヤーであり2012年に『日本ゴルフ殿堂』入りした小針春芳(こばり はるよし)氏が、2019年4月19日介護施設に於いて老衰の為お亡くなりになられたとの事。

 小針氏は1921年4月生まれでしたから、間もなく98歳の誕生日を迎えようとしていたところです。享年97歳でした。喪主はご長男の小針良一氏が務め、葬儀は既に家族葬にて執り行われております。

 簡単な戦歴は、下記の通りです。
・1955年 関東プロ優勝
・1957年 日本オープン優勝
・1957年 関東プロ優勝
・1959年 関東オープン優勝
・1960年 日本オープン優勝
・1961年 関東オープン優勝

 氏の簡単なプロフィールは下記の通りですが、下記カッコ内の内容はPGAの紹介文を抜粋させて頂きました。『栃木県那須塩原市の農家に生まれ、高等小学校卒業後に那須ゴルフクラブに就職。キャディーをしながらゴルフの腕を磨き、40年、19歳のときに関東プロ招待競技で研修生でありながら、浅見緑蔵とのプレーオフへ。敗れはしたが高い評価を受けてプロに認定された。』

 戦争体験を持ち合わせ、復員後も10年ほどクラブを握る事は無く、氏は農業をしていたと言う。人が人を殺しあうと言う戦争に身を置き、人知れぬ体験をくぐり抜けて来たのではないでしょうか。戦争が終了した1945年以降に生まれた人が大半を占める現代日本では、なかなか想像し得ぬ事ばかりなのだと思われます。

 初優勝は1955年の関東プロで、中村寅吉選手を破ってのものでした。その後様々な活躍をし「那須の小天狗」と言われた愛称は、那須に小針居りと言う存在感を示すものであり、プロの間で後世まで語りつくされた結果なのだと思われます。合掌。