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        富田純司弁護士20101109.jpg
             < 「江戸日記」執筆の富田純司弁護士

 東京有楽町の長野法律事務所で所長を務める富田純司(とみた じゅんじ)弁護士は、弁護士活動の傍ら出身地である京都府福知山市の両丹日日新聞へ、約15年に渡り「江戸日記」なるコラムを執筆しています。ペンネームは「西方望」です。福知山から江戸へ上って行った者が、江戸の真西に位置する福知山を思い、時世の思いを徒然なるままに書き上げています。

 その様な富田氏ですがゴルフに対する造詣も深く、また自身の腕前も一時は、片手シングルと言われるハンディキャップ5を取得するほどです。ですが主に福知山市民を対象とした地方紙と言う性格上、江戸日記に於けるゴルフ関連の執筆は控え目にして来たようです。今回はゴルフに対する思いであるとか考えを、11月初旬時間が許す限り伺えました。

 様々なお話が出る中、富田氏のゴルフ論は、論理明解愉快なものでした。氏曰く「ゴルフが上手くなると仕事も出来る様になる、ゴルフは社会人の必須科目」との事です。以下カッコ内は氏の持論である一部をまとめたものです。

脳は体を動かす為にありプレーヤーはこの脳を使い、体の動作を正確に再現しようとするのがゴルフである。この相互作用で脳は鍛えられる。またゴルフは1人でやるものでは無いので協調性を養うと共に、人間関係が潤滑に動く事の大切さを学び他人に対し謙虚になる。

ゴルフは自分の為に使う時間もあるが、他人を思いやる時間も多く又行動も必要になって来る、ある意味他人の為にやるスポーツだ。仕事もこれと同様に、自らの仕事を通じ相手が、上手に仕事を出来る様に仕向けて行く必要が有る。

 この様にゴルフが培う力は大きいのですが、更に富田氏は「ゴルフはスポーツと言うより文化だ」としております。精神的要素が大きく影響するのがゴルフであり、筋肉性よりは文化性が問われ結果につながって行く、とも説いております。現在富田氏は女子プロゴルファー・渋野日向子選手の強さを研究しており、既に簡単な内容を江戸日記で発表しております。

 ゴルフに魅せられた一人の弁護士・冨田純司氏は、江戸日記を含めさらにゴルフの分野でも、活動のフィールドを広めて行くものと思われます。注目です。

笠りつ子会員へLPGAは厳重注意処分を下す

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 2019年11月12日午前10時にLPGAは笠りつ子会員に対し、理事同席のもと厳重注意処分を下しました。これは2019年10月に開催された『NOBUTA GROUP マスターズGC レディース』トーナメント会場に於いて、笠会員が大会関係者へ不適切発言を行ったことに対するものです。

 かねてより懸案になっておりましたこの問題に対しLPGAは、発表に先立つ前日の11日に懲戒諮問委員会及び理事会を開催し、笠会員に対する処分と再発防止策を検討し、その結果を翌日の12日に明らかにしたものです。

 厳重注意の内容は本人が申し出ているツアー出場自粛並びに、本年度開催される新人セミナーの第1日目から第3日目までを受講する事です。そしてこの様な事件再発防止の為、トーナメント出場選手を対象にLPGAは、少なくとも年1回マナーや言葉遣いなどに関する講習会を実施して行くとしております。

 ところでLPGAの「コンプライアンス・倫理規定」には、具体的な罰則規定が有りません。今回の笠会員に対する処分は、社会通念上一般的に考えられる範囲のもので、ある意味一時的臨時措置です。組織の発展の為には今後より具体的な内容を、規定して行く必要が有ると言えます。

 また今回笠会員本人から事前に「事実確認と謝罪」は有ったものの、LPGAによる正確な事実関係の発表が有りませんでした。この事実関係調査の為に、事件発覚からこの度の処分まで日時を要した訳ですから、これを明らかにしないのであれば、事件の検証と分析は進む事無く、何ら教訓化し得ないと思われます。

 関連する以前の記事は、下記のリンクよりご確認頂けます。
プロゴルファー・笠りつ子氏より10月31日に届いたお詫び

TACT-CHARA_22.jpg 2019年10月24日~27日までの4日間、兵庫県のマスターズゴルフ倶楽部を舞台に開催されたLPGAツアー『NOBUTA GROUP マスターズGCレディース』に於いて、某女子プロゴルファーがゴルフ場関係者へ暴言を吐いたとして、問題視されておりました。

 クラブハウス内浴室に於けるバスタオルの貸し出しについて、自らの希望通りに成らない事から、その女子プロはゴルフ場スタッフへ、『頭が固い、死ね』などと発言したとされておりました。当日解説者の立場で同ゴルフ場に居合わせた、ゴルフ界のレジェンド的存在の岡本綾子氏がこの事を聞きつけ、LPGA関係者へ注意喚起していたのです。

 これを受けLPGA会長の小林浩美氏が、メディア関係者を通じ「事実であり、お詫びします」と謝罪の報告をするも、その後は「更に確認中」との事から、当該事件に関する進展が待たれていました。その間犯人捜しの情報がインターネット上で氾濫し、事態は一向に鎮静化する事無く、今日に至っておりました。

 そして本日10月31日正しく当事者である笠りつ子氏ご本人が、『謝罪文』をマネジメント事務所・株式会社ゾーンを通じ、報道関係者へ一斉配信されたのです。某女子プロとは、笠りつ子プロの事だったのです。謝罪文はご本人の手書きによるものですが、下記下線内はそれを忠実に再現したものです。


マスターズGCレディース会場での不適切な発言に関するお詫びと今後の活動についてのご報告

 この度、一部新聞などで報じられている通り、「マスターズGCレディース」の会場におきまして、私の不適切な発言により、大会主催者、コース関係者の皆様が不快な思いをされた事は事実です。決して言ってはいけない言葉であったと深く反省しており、当該週に大会主催者ならびにコース関係者の方に、誠意を込めて謝罪させていただきました。

 今回の私の不適切な言動により、女子プロゴルフの大会に携わっていただいている全ての主催者様、開催コースの皆様関係各位の皆様、LPGA関係者の皆様、選手の皆様、そして日頃から女子プロゴルフを応援してくださっている全てのゴルフファンの皆様に対しまして、多大なるご迷惑をおかけし、失望させてしまったことを、深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした。

 本来であれば、直接皆様の前でお詫びとご報告をさせて頂きたいところですが、現在、LPGAコンプライアンス委員会において調査が行われていると承っておりますので、LPGAの処分が決定されるまでは、差し控えさせていただきます。LPGAの処分が決定され次第、皆様の前で改めてお詫びとご報告を申し上げます。

 また、今後の活動に関しましては、当面の間、ツアーへの出場は自粛させていただきます。どのような処分が下されても、全てを受け止め、深く反省し、プロゴルファアーとして、人として、自分を見つめ直し、真摯にゴルフに取り組み、感謝の気持ちを忘れずに、プロゴルファーを目指す子供たちのお手本となれるよう努力していきます。

 最後に、ゴルフを愛する全ての人を裏切ってしまいまして、本当に申し訳ございませんでした。

2019年10月31日
プロゴルファー 笠 りつ子


 今後はご本人による公式の席上での説明とお詫びが、何よりも求められると言えます。

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               < 記者会見に臨む古江彩佳プロ > 

 2019年10月18日~20日に千葉県の東急セブンハンドレッドクラブで開催されたLPGAツアー『富士通レディース』に於いて、アマチュアながら見事に優勝を果たした古江彩佳(フルエ アヤカ_19)選手は、優勝時に公言していた通りプロ宣言すると共に、10月23日LPGAへの入会申請が認められ、晴れてLPGA会員に成りました。

 これはアマチュア選手がツアー優勝した場合、本人が望めばプロテストが免除されLPGA会員に成れる制度からです。この優勝により2019年と2020年のツアー出場権を獲得しており、古江選手のプロ転向後第1戦は、11月1日に開幕しますLPGAツアー『樋口久子三菱電機レディスゴルフトーナメント』です。

 これに先立ち10月29日、同選手はブリヂストンスポーツ株式会社(以下BS)とのゴルフ用品使用契約を済ませると共に、都内BS研修センターに於いて記者会見を行いました。気になるのは古江選手が使用するボールやクラブですが、どの様なものに成るのでしょうか。

           古江選手使用ギアリスト
ドライバー BRIDGESTONE GOLF TOUR B XD-3
FW BRIDGESTONE GOLF TOUR B JGR(3W/5W/7W)
HY BRIDGESTONE GOLF TOUR B JGR(H4/H5)
アイアン BRIDGESTONE GOLF TOUR B X-CB
ウエッジ BRIDGESTONE GOLF TOUR B XW-1
ボール BRIDGESTONE GOLF TOUR B XS

 上記内容はクラブ関係ですが、その他グローブやシューズに至るまでほぼ全てを、BSが古江選手をバックアップして行くとしており、会見に臨んだBS社長の望月基(モチヅキ モトイ)氏は、「中一より共に歩んで来たが、今後は夢や感動を与えられるアスリートになって欲しい」と語ったのです。

 またこの記者会見に同席した古江選手の出身校である滝川第二高等学校ゴルフ部の角谷真吾(カクタニ シンゴ)監督は、「国民から愛されるプロになって欲しい」との希望を述べたのですが、様々な関係者から寄せる期待度の大きさが、にじみ出ていた会見と成りました。

 これを受け古江選手は色紙に「笑顔、感動」と抱負を記し、笑顔は常に心掛けている事であり、感動は『富士通レディース』の優勝同様に、今後のプロ活動を通じ大きなものを届けられる選手になって行きたい、と締めくくったのです。

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               <山路晶やまじ あきら選手

 「森六」(もりろく)とは聞き慣れない商号ですが、そのルーツは1663年までさかのぼる事が出来、2019年の今年創業356年目を迎えます。明治元年が1868年ですので更にその205年前、初代・森安兵衛が阿波国(現在の徳島県)で藍と、その肥料である干鰯(ほしか)の商売を始めたのが原点です。

 江戸時代に端を発する300年企業「森六」は、現在森六ホールディングス株式会社として傘下のグループ企業を束ねると共に、その株式は2017年東証一部へ上場を果たしております。森六ホールディングスではこれまでの歴史を振り返り、「その時代ごとにニーズを汲み取り、商品の供給、製造を通して価値を創造してきた」(下線は会社案内より引用)としております。

 約350年に渡り常に社会の求めるものを供給して来た「森六」ですが、それは今森六ホールディングスとして女子プロゴルファーの山路晶(やまじ あきら)プロを支援する事で、その存在感を今一歩高めようとしております。既に同社は先週の9月20日(金)に、山路選手と所属スポンサー契約を締結済みです。

 山路選手は1998年生まれですので、今年21歳に成りました。同選手はジュニア時代の2010年と2012年更に2013年、東北ジュニアゴルフ選手権で優勝しております。宮城県の東北高等学校を卒業後、2018年のQTランキングで34位と成り、今年前半のツアーへ参戦しております。第1回目のリランキングでは24位と健闘するものの、今週のミヤギテレビ杯後の第2回目リランキング次第では、今後の7試合への出場が微妙に成ります。

 山路選手の後半戦の活躍に期待が寄せられると共に、同選手を支援する森六ホールディングスもまた共に羽ばたこうとしています。なお同社ではスポーツ選手の支援は、この度の山路選手が初めてとの事です。

リコーが河本結選手と8月1日より所属契約

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河本結選手.jpg 株式会社リコーは7月29日女子プロゴルファーの河本結(かわもと ゆい)選手と、所属契約を締結した事を明らかにしました。

 契約期間は2019年8月1日~2022年12月31日までの3年と5ヶ月ですが、このある意味長期にわたる契約は、河本選手に対するリコー社の期待度でも有ると言えます。

 同社は2018年3月期時点で、グループの連結売上高は2兆633億円にのぼり、世界約200に於ける国や地域で活躍しているグローバル企業です。

 この様な世界的企業のバックアップを受け、そして広告塔と成った河本選手ですが、今後益々の活躍が期待されます。

 この重圧に押しつぶされる事無く、国内のみならず世界をも視野に入れ、日本を代表する選手として活躍して欲しいものです。
写真提供:株式会社リコー

 なお同選手は1998年生まれですので、今年の誕生日を迎え21歳に成ります。プロゴルファーで有ると共に、日本体育大学に在学中の現役女子大学生でもあり、2018年にプロ転向後も学業とゴルフを両立させている姿は、今後多くのジュニアゴルファーの手本になるものと思われます。

 既に同選手は昨年のLPGAステップ・アップ・ツアーで4勝を上げていると共に、今シーズは開幕4戦目のレギュラーツアーで1勝しております。河本選手の今後の活躍に注目です。

訃報_内田 棟氏7月23日ご逝去

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TACT-CHARA_420180717.jpgのサムネイル画像 公益社団法人日本プロゴルフ協会(以下PGA)会員の内田棟(むなぎ)氏が、2019年7月23日長野県北佐久郡の御自宅にて、老衰の為お亡くなりになりました。氏は1916年10月9日生まれでしたので、102歳の御年でした。

 氏は10歳の時に地元の旧軽井沢ゴルフ倶楽部で、キャディのアルバイトを始めた事からゴルフの道に入り、以降今日までゴルフと共に歩んで来られました。

 氏は55歳時の1971年にPGAへ入会致しました。当時既にプロテストと言う制度は有りましたが、氏の場合は推薦を受けての入会であり、以降試合への出場記録を確認出来るものの、優勝経験は無いと言うのがPGAの公式見解です。

 ご子息はプロゴルファーの内田袈裟彦氏です。ケサゴンの愛称で親しまれ、1988年シニアツアー初代の賞金王でしたが、2009年12月30日旅先のタイで心筋梗塞の為、お亡くなりになっています。享年72歳でした。内田袈裟彦氏のご子息である政美氏は、現在PGAのティーチングプロである事から、棟氏はお孫さんに至るまで三代に渡るゴルフ一家でした。

 棟氏は2016年当時、年間50ラウンドをもプレーしており、健康寿命とゴルフが密接なものとして評価され、同年スポーツ功労者文部科学大臣顕彰を授与されています。なおPGAによれば、内田棟氏に次ぐ在籍高齢者は、石井朝夫氏、鈴木喜三氏両名の96歳との事です。

 振り返れば内田棟氏の人生は、ゴルフと共にあったと言えます。ご冥福をお祈りします。

        服部道子氏20190626.jpg

 オリンピックゴルフ競技対策本部(以下対策本部)は2019年6月26日都内会場にて、第32回オリンピック競技大会(2020東京)に於ける日本代表女子ゴルフコーチへ、プロゴルファーの服部道子氏を任命したとして記者会見を行いました。

 前回のリオ五輪ではプロゴルファーの丸山茂樹氏が、日本代表ヘッドコーチとして男女を統括する形で、役割りを果たしておりました。がしかし丸山氏は常々女子選手との意思疎通の難しさが課題だと提起しており、今回対策本部はその丸山氏の意見を参考に、女子コーチ職を設ける事になったのです。

 倉本昌弘強化委員会委員長によれば、女子コーチ選出そのものが「遅すぎたと言えば遅すぎた」と反省の弁を述べるも、服部氏の選出に付いては、実績や能力からして最適任者であると評価したのです。

 服部氏は女子コーチ就任について、小林浩美強化委員会副委員長より電話連絡を受け要請された訳ですが、「突然の事なので驚いた」「考えさせて欲しい」と伝えるも、翌日には「私で良ければ」と受ける事に成ったと、当時の状況を説明しております。

 今後は選手の体調管理などをサポートして行きながら、彼女たちが最高のパフォーマンスを発揮出来る様に努めたい、と服部氏は今後の抱負を述べました。更に来年のオリンピックはホームと言う地の利を活かせれば、メダル獲得も決して夢ではないと締めくくったのです。

 関連する以前の記事は、下記のリンクよりご確認頂けます。
霞ヶ関カンツリー倶楽部は女性正会員受け入れへ細則変更

訃報_小針春芳氏4月19日ご逝去

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kobari180231pga1.jpgPGAより提供された小針氏写真

 2019年5月15日公益社団法人日本プロゴルフ協会(以下PGA)より、訃報が飛び込んで来ました。それは名プレーヤーであり2012年に『日本ゴルフ殿堂』入りした小針春芳(こばり はるよし)氏が、2019年4月19日介護施設に於いて老衰の為お亡くなりになられたとの事。

 小針氏は1921年4月生まれでしたから、間もなく98歳の誕生日を迎えようとしていたところです。享年97歳でした。喪主はご長男の小針良一氏が務め、葬儀は既に家族葬にて執り行われております。

 簡単な戦歴は、下記の通りです。
・1955年 関東プロ優勝
・1957年 日本オープン優勝
・1957年 関東プロ優勝
・1959年 関東オープン優勝
・1960年 日本オープン優勝
・1961年 関東オープン優勝

 氏の簡単なプロフィールは下記の通りですが、下記カッコ内の内容はPGAの紹介文を抜粋させて頂きました。『栃木県那須塩原市の農家に生まれ、高等小学校卒業後に那須ゴルフクラブに就職。キャディーをしながらゴルフの腕を磨き、40年、19歳のときに関東プロ招待競技で研修生でありながら、浅見緑蔵とのプレーオフへ。敗れはしたが高い評価を受けてプロに認定された。』

 戦争体験を持ち合わせ、復員後も10年ほどクラブを握る事は無く、氏は農業をしていたと言う。人が人を殺しあうと言う戦争に身を置き、人知れぬ体験をくぐり抜けて来たのではないでしょうか。戦争が終了した1945年以降に生まれた人が大半を占める現代日本では、なかなか想像し得ぬ事ばかりなのだと思われます。

 初優勝は1955年の関東プロで、中村寅吉選手を破ってのものでした。その後様々な活躍をし「那須の小天狗」と言われた愛称は、那須に小針居りと言う存在感を示すものであり、プロの間で後世まで語りつくされた結果なのだと思われます。合掌。

            宮里美香プロ_by accordia.jpg
           < 宮里美香プロ_アコーディア・ゴルフ提供

 株式会社アコーディア・ゴルフは2019年1月に入り、プロゴルファー宮里美香(NTTぷらら_29歳)選手と、サポート契約を締結した事を2月18日明らかにしました。宮里選手がUSLPGAツアーから撤退し、今年本格的に日本ツアーへ参戦するに当たり、アコーディア・ゴルフがサポートして行く事になります。

 宮里選手は2008年6月に18歳で渡米し、その年の12月にUSLPGAの最終予選会で12位に入り、プロ転向すると共に、2009年よりアメリカツアーへ本格参戦する事になりました。日本ツアーを経験する事無く、USLPGAツアーへ参戦したのは、彼女が日本の女子ゴルファー第一号だったと言えます。

その後の優勝回数は、日本の公式戦2勝とUSLPGAツアー1勝の合計3勝ですが、その具体的な内容は下記の通りです。
1、2010年 日本女子オープン
2、2012年 セーフウェイクラシック
3、2013年 日本女子オープン

 同選手は今年腰を据えて日本ツアーへ参戦する事になる訳ですが、どの様な活躍を見せてくれるのか、大変楽しみでもあります。アメリカツアーで鍛えた技術と精神力で是非、日本のゴルフファンを魅了して欲しいものだと思います。初試合は3月の日本ツアー初戦である『第 32 回ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント』です。

 関連する以前の記事は、下記のリンクよりご確認頂けます。
宮里美香選手はLPGAツアー・セーフウエークラシックで初優勝

            村松アナとの写真.jpg
            < 10月22日:IBC岩手放送の村松文代アナと >

 岩手県在住の和泉覚氏は今年2018年11月29日に、エージシュート通算685回目を達成しました。今年は605回目からの出発と成りましたが、達成出来たのは2ラウンド目と成った、4月2日盛岡カントリークラブでのラウンドでした。スコアは41、36のトータル77でしたが、今年85歳を迎えた和泉氏にとって幸先良いスタートが切れた様です。

 今年は振り返る事84ラウンドを記録するものの、ゴルフの調子が今一つ上がらず未達成の日が3日有り、結果的には81ラウンドをエージシュートで飾る事が出来ました。この間4月27日には南部シニアにて準優勝、5月7日岩山正昭会ではベスグロ優勝、9月16日特岩手缶詰にて準優勝、10月19日特戸田久祭りで優勝、10月29日特29肉祭りにて準優勝、11月9日南部シニアにてベスグロ優勝との戦歴を重ねて来ました。

 特に今年10月22日には、IBC岩手放送の村松文代アナの取材を受けると共に、この日記念すべき670回目と言う切りの良いエージシュートを達成出来ました。この時の模様は同放送局の「村松文代のフォア~」と言う番組にて、12月8日朝7時25分から15分間オンエアされました。お聞きに成りたい方は、ラジコのタイムフリーにて可能です。

 エージシュート未達ラウンドを含めた84ラウンドの平均スコアは79.27ですが、記録を達成した81ラウンドの平均スコアは78.95と言う事になります。12月に入り東北地区の天候は不順と成り、和泉氏のゴルフシーズンは一旦お休みと成りますが、来年シーズン開幕と共に目指すは当面700回目と言う事になります。

 和泉氏曰く、順調に行けばゴールデンウイークに突入した頃に、達成出来るのでは無いかと考えている様です。12月のこれからは和泉氏にとって、大切なスキーシーズンの始まりです。和泉氏はスキーに取り組む事で、ゴルフに不可欠な下半身強化を行っているのですが、これ無くしてエージシュートの達成も又無いとも言えます。和泉氏の挑戦は続きます。

 以前の和泉氏に関する記事は、次のリンクよりご確認頂けます。
和泉覚氏2017年11月11日エージシュート600回達成

金谷拓実選手2019年マスターズ出場権獲得

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               < 金谷拓実選手=主催者提供 >

 2018年10月4日~7日までの4日間、シンガポールのセントーサゴルフクラブ・タンジョンコース(6,847ヤード_パー70)にて行われていた第10回アジア パシフィックアマチュア選手権に於いて、日本の金谷拓実選手(東北福祉大=20歳)が通算13アンダーにて見事優勝しました。

 日本人選手の優勝は松山英樹選手以来二人目となりましたが、この大会はアジア太平洋地域に於ける将来性の有るアマチュアゴルフアー育成を主な目的としており、優勝者には来年のマスターズトーナメントと全英オープンへ出場出来る権利が与えられます。過去9大会の優勝者は、下記の通りです。

開催年 優勝者 開催国
2009年 ハン チャンウォン(韓国) 中国
2010年 松山英樹(日本) 日本
2011年 松山英樹(日本) シンガポール
2012年 グアン ティアラン(中国) タイ
2013年 イ チャンウー(韓国) 中国
2014年 アントニオ マーダカ(豪州) 豪州
2015年 ジン チェン(中国) 香港
2016年 カーティス ラック(豪州) 韓国
2017年 リン ユーシン(中国) ニュージーランド

 今大会へは6名の日本人選手が参加しておりますが、中島啓太選手2位タイ、大澤和也選手24位タイ、呉司聡選手30位タイ、丸山奨王選手30位タイ、大西魁斗選手は残念ながら予選落ちでした。

 今大会の結果、来年のマスターズトーナメントへは少なくとも松山英樹選手と金谷拓実選手の2名が出場出来る事から、日本のゴルフファンの期待も大いに高まる事と思われます。関連する以前の記事は、下記のリンクよりご確認頂けます。
「2019年女子アジア太平洋アマチュア選手権」はザ・ロイヤルGCで開催

ケプカ選手_tact.jpg

                  < 大会事務局提供 >

 ダンロップフェニックストーナメント大会事務局は2018年8月31日、ブルックス ケプカ選手が11月15日より開催されます『ダンロップフェニックストーナメント』へ今年も又参戦する事を明らかにしました。同選手は2016年と昨年の2017年の2度優勝しており、今年は3連覇がかかっています。

 3連覇は過去44年に及ぶ同大会の歴史の中で、達成者は尾崎将司選手唯一人です。同選手は1994年と1995年そして1996年に、同大会で優勝を飾っております。そしてこの記録に王手がかかった選手は、ケプカ選手以外でかつて3人おりました。ラリー マイズ、タイガー ウッズ、ルーク ドナルドの各選手です。

 史上二人目の達成者が現れるのか?唯一その権利を持っているのはケプカ選手のみであり、同大会の大きな関心事になっております。それを阻止するのは一体誰なのか、俄然日本選手に注目されます。現時点で松山英樹選手や小平智選手のエントリーは無いものの、PGA TOURを主戦場に戦う2選手にかかる期待は大きいものがあります。

 2018年全米オープン優勝そして2018年全米プロ優勝と、輝かしい記録を引っ提げ参戦するケプカ選手に伍して戦う日本選手の出現は、日本のゴルフファン熱望の戦い絵図に他なりません。是非松山、小平両選手には参戦し、優勝争いを展開して欲しいものです。

 大会事務局(TEL 0985-37-9000)では、既に9月1日よりチケット販売を開始したとの事です。

訃報_新関善美氏8月22日ご逝去

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 プロゴルファーの新関善美氏が2018年8月22日15時02分(水曜日)、山形大学附属病院(山形県山形市)に於いて亡くなりました。死因は脊髄腫瘍との事です。葬儀は8月26日(日曜日)セレモニーホール山形(山形県山形市鉄砲町二丁目21-25_TEL023-633-8900)にて、午後2時より行われます。喪主は奥様の新関由美子氏です。

 故人は1954年9月29日が誕生日ですから、間もなく64歳の誕生日を迎えようとした63歳でした。1978年12月1日に日本プロゴルフ協会(以下PGA)へ入会し、これまで通算6勝(下記一覧)の実績があります。2012年からはPGAの代議員を務めると共に、2016年からは理事をも務めていました。

 特に今年2018年PGAの会長選挙へ故人は自ら立候補し、倉本氏の52票に対し30票を獲得すると言う、肉薄した戦いを展開しました。3月22日の結果は敗戦と言う事にはなりましたが、存在感を存分に見せつけた戦いでした。

1 1988年 第18回ミズノオープンゴルフトーナメント
2 1989年 89日経カップゴルフトーナメント中村寅吉メモリアル
3 1990年 くずは国際ト?ナメント
4 1994年 第2回東北オープンゴルフ選手権競技
5 1998年 PGAグローイングツアー
6 1999年 アイフルチャレンジカプ スプリング

 故人が残したゴルフ界改革の思いは、今後次世代へ引き継がれて行く事と思われます。ご冥福をお祈りします。

片山晋呉プロ謝罪会見20180627_TACT.jpg

                沈痛な表情で語る青木会長

 片山晋呉プロによる『不適切対応』に対するJGTOの処分は、30万円の制裁金と厳重注意と言う事になりましたが、片山プロ自身は当面トーナメント出場を自粛するとしました。片山プロはこれまでのプロ生活に於けるプロアマ大会を振り返り、アマチュアとの接し方などを誰に教わったと言う事も無く、見よう見真似で覚え今日に至り、今まで通りの事をこの度のプロアマ戦でも行ったと語りました。

 JGTOはこの度の件を総括する中、<ツアープレーヤーがプロアマ大会に於けるアマチュアへの接し方など自らの指導力不足があった>としました。今後は指導及び研修を徹底し、規則の改定も含めて厳罰化する事も、検討する必要が有るとしたのです。

 この様な動きに対しJGTO副会長であり選手会長の石川遼氏は、<規則でがんじがらめにされると、選手個々の個性が失われ、逆に委縮してしまうのでは無いか>と懸念する声も上げたのです。

 今年JGTOは青木・石川体制へ移行し、トーナメントのホスピタリーを重視する方向性を打ち出しました。そしてその成果も見え始めた現在ですが、今後プロアマ大会に於ける選手の在り方を、どの様に指導して行くのでしょうか。普段無口なプロに対し<お笑い芸人の様にネタの一つも披露しなさい>、とでも言うのでしょうか。

     石川選手会長20180627.jpg      片山晋呉20180627.jpg

 当日出席した野村JGTO理事は、<プロアマ大会は接待では無い>趣旨の発言をされたのですが、これは現実を軽視した発言であり、接待の何処がいけないのでしょうか。トーナメントを主催する企業がプロアマ大会出席者を人選し、普段接する事の無いプロと一日楽しくラウンドしてもらう、この事が何よりもプロアマの目的なのでは無いでしょうか。

 この度の事件は、片山プロの社会人としての節度の無さ、コミュニケーション不足が大きな要因であり、それを指導してこなかったJGTOにも相応の責任があると言わざるを得ません。技術偏重が招いた結果だとも言えますが、これを機会に人間性豊かなプロゴルファーが多く育つ事、これが何よりも求められている様に思われます。

 なお片山プロより直接謝罪を受けたA氏は、片山プロに対し一日も早いトーナメントへの復帰を願っている、と発言されている様です。

 前回の記事は、下記のリンクよりご確認頂けます。
片山晋呉プロ『不適切対応』に対する謝罪会見_その1

Mr.katayama20180627_TACT.jpg

                 謝罪する片山晋呉プロ

 一般社団法人日本ゴルフツアー機構(以下JGTO)は、2018年6月27日定例理事会後の記者会見を都内会場にて行い、2018年5月30日『日本ゴルフツアー選手権森ビルカップ』プロアマ戦での不祥事に付いて、総括と謝罪をしました。当日の事実関係に付いてJGTOが明らかにした内容は下記の通りですが、紙面の都合上若干抜粋と咀嚼部分があります。

  • 13番ホールグリーン上で同伴アマチュアがプレー中にも拘らず、片山プロがパッティング練習を同グリーン上で始めた。
  • 同組全員が13番をホールアウトした後も片山プロは、同グリーン上で引き続きパティング練習及びグリーン付近でアプローチ練習を行っていた。
  • その後14番ホールティーンググランドへ移動していたA氏より、大きな声で移動する事を促された。
  • 片山プロが14番ホールティーンググランドに着くと前の組が居た為、片山プロは<まだ前の組が居る>趣旨の発言をした。
  • A氏は片山プロが同伴アマチュアに対する配慮が欠けると苦言を呈し、片山プロは<すみません>と対応。
  • 14番ホールでのティーショット後A氏は<帰る>と発言し、ドラーバーショット地点から迎えに来た同ゴルフ場総支配人のカートにてクラブハウスへ戻った。
  • クラブハウスへ戻ったA氏に対し、総支配人とJGTO競技運営部担当部長が事実関係の確認を行った。
  • 同日午後JGTOは青木会長も含め対応を協議し、片山プロに対し制裁金30万円を科す事を決定。
  • 6月8日(金)片山プロはA氏訪ね謝罪。
  • 6月13日(水)片山プロは本大会特別協賛社を訪ね謝罪。
  • 6月15日(金)片山プロはトーナメント出場自粛を発表。

 これだけの事を見るならば大変穏やかなプロアマ大会であり、ことさら問題視する事ではない様に思えます。反対にA氏は短気なのかと、思わさせてしまう様な印象を受けてしまいます。果たしてそうだったのでしょうか。

 続きは次回へ

 なお関連する以前の記事は、下記のリンクよりご確認頂けます。
片山晋呉選手は当面の間、トーナメント出場を自粛
片山晋呉プロへの処分検討とJGTOが6日発表

 片山晋呉選手は2018年6月15日自らのブログサイト_Club45に於いて、先般5月30日に開催された『日本ゴルフツアー選手権森ビルカップ』プロアマ大会での自らの行動に対し、反省の謝罪文を掲載しました。

 下記点線内は、全て原文のままです。


2018年6月15日 13:00

ファンの皆様へ
ファンの皆様には、日頃から温かい応援を頂き、本当にありがとうございます。
また、日ごろ、私がプロゴルファーとしてプレーさせて頂くにあたり、様々なご支援、ご関係を頂いている、各大会主催者様やご関係者の皆様、大会ボランティアの皆様、スポンサーの皆様、日本ゴルフツアー機構、ジャパンゴルフツアー選手会をはじめとしたプロゴルファーの皆様、その他の皆様に対しましても、同じように、深く感謝しております。
この度の件に関しまして、皆様へのご報告とお詫びをさせて頂きたく、以下のとおりお知らせさせて頂きます。
去る5月30日(水曜日)に行われました、日本ゴルフツアー選手権森ビルカップ Shishido Hillsでのプロアマ大会におきまして、私の行動により、同伴ゲストの方々に不愉快な思いをさせてしまい、その結果、皆様に多大なご迷惑をおかけしてしまいました。本当に申し訳ございません。心よりお詫び申し上げます。
今回の件につきましては、現在、日本ゴルフツアー機構において調査が行われており、その後、懲戒・制裁委員会が開催されると承っております。私としては、当該調査に全面協力させて頂くとともに、機構の決定を真摯に受け止める所存でございます。
なお、プロアマ大会において、プレー継続を断念されましたゲストの方には、6月8日(金曜日)に、また、ゲストの方をプロアマ大会にご招待された大会特別協賛社様には、一昨日6月13日(水曜日)に、それぞれ訪問させて頂き、私から直接のお詫びをさせていただいております。ご両者におかれましては、私の訪問をお受けいただいたことについて、深く感謝いたします。
上記のとおり、現在、機構において調査が行われており、しかる後に、私に対する処分が行われるものと理解しておりますが、私は、今回の件について、皆様に対して謝罪と反省の意を示すとともに、自らを深く振り返る時間を持つべく、自らの意思として、当面の間、トーナメント出場を自粛させて頂くことにいたしました。この自粛により、新たに関係各位の皆様にご迷惑をおかけすることになることも十分認識しておりますが、何卒、ご容赦いただければ幸いです。申し訳ございません。
繰り返し恐縮でございますが、この度は、本当に申し訳ございませんでした。
プロゴルファー 片山晋呉

パーゴルフ2018年6月12日号.jpg ゴルフ週刊誌『パーゴルフ』のご担当者より、ゴルフ会員権に関する原稿依頼が有ったのは2018年5月中旬でした。二度目と言う事も有り安易に引き受けてしまったのですが、何とか5月22日の締め切り日には、ご担当者へ原稿を送る事が出来ました。

 やれやれと思いながら日常業務にいそしんでいた当日の昼頃、ご担当者より赤文字でびっしりと書かれた添削原稿が、e-mailで突如送られて来たのです。と同時にご担当者からお電話もあり、内容は急な修正依頼でした。いわゆる<ダメ出し>と言うものです。

 文体が硬くなっている様なのです。ご担当者は私を気遣い「格調高い」などと表現し、慰めて下さったのですが、要するに使えませんよ!と言う事です。締め切りを確認したところ、23日水曜日の午前中には遅くとも欲しいとの事でした。

 ご担当者よりご指摘を受けた点に注意しながら、これまでの原稿に修正・加筆する事を止め、ほとんど一から書き直しました。何とか責任を果たせた様に思えたのですが、5月29日店頭に並んだ内容は『ゴルフ会員権 景気と同じく穏やかに回復か?』と言うものです。

 是非、お目通し頂きたくお願い申し上げます。
週刊パーゴルフ 6月12日号 420円(上田桃子選手が表紙)

資生堂/三浦桃香選手5月28日1.jpg

 女子プロゴルファーの三浦桃香選手(19歳_フリー)は、資生堂の日焼け止めブランド「アネッサ」とのスポンサー契約を、2018年5月28日締結したとして同日東京都内会場にて記者会見を行いました。

 日焼け止めの国内市場動向は年平均5%と穏やかに拡大している中、「アネッサ」は17年連続No1の売り上げシェアを獲得しているとの事。同商品はアジア市場に於ける成長率も目覚ましく、2014年から17年まで年平均プラス36%を獲得。

 成長著しいこのブランドが更に市場拡大へ向け、白羽の矢を立てたのが三浦選手です。同選手は9歳よりゴルフを始め、様々なアマチュア競技で活躍する中、高校生の頃から「アネッサ」は、手放せないゴルフアイテムになっていた様です。

 同選手は2018年前半のLPGAツアーを、昨年のQTランキング34位の出場資格で戦っており、話題にも事欠かないのですが、6月1日開幕の「ヨネックスレディス」よりこのブランドでの出場となります。「アネッサ」は太陽の下で活躍する人を応援したいとしております。

ゴルフコース設計家_加藤俊輔氏ご逝去

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 ゴルフコース設計家の加藤俊輔氏が、2018年4月17日早朝に千葉県の病院にて、お亡くなりになられました。氏は1933年11月12日のお生まれですから、今年85歳を迎えようとしておりました。お通夜は昨日4月19日、告別式は本日20日千葉県の北習志野斎苑(船橋市習志野台2-12-30_TEL047-490-4194)にて、午前10時より行われます。

 氏の設計家としての手腕は並々ならぬものがあり、今日まで国内70余のコースを設計しております。特に太平洋クラブ御殿場コースは、秋に開催されるビッグトーナメントの会場として広く知れ渡っておりますが、それはまた氏の代表作とも言えつとに有名です。

 氏は1986年カトーインターナショナルデザイン株式会社を設立・独立し、1993年には日本ゴルフコース設計者協会設立に尽力し、初代理事長に就任しております。現在同協会の理事長である川田太三氏は、この度の訃報に際し次の様に語っております。


 弊協会は1993年の設立ですから、今年25周年を迎えます。当時設計家の集まりは無く、加藤さんが一人でさまざまな設計家とコンタクトを取り、まとめ上げられたのが弊協会です。

 加藤さんは70余りのユニークなゴルフコースを造り、コース設計の重要性を訴えて来ました。残念ながら加藤さんは3年に満たない期間で理事長を退任されていますが、私個人としては長く務めて欲しかったと思っていました。

 私が弊協会の理事長になり今年5年目を迎えていますが、加藤さんの遺志を受け継いで、設計家がゴルフ場と強く関わっていける様、頑張りたいと思います。


 加藤俊輔氏がゴルフ業界へ残した功績は、大きく計り知れないものがあります。ご冥福をお祈りします。