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            < 10月22日:IBC岩手放送の村松文代アナと >

 岩手県在住の和泉覚氏は今年2018年11月29日に、エージシュート通算685回目を達成しました。今年は605回目からの出発と成りましたが、達成出来たのは2ラウンド目と成った、4月2日盛岡カントリークラブでのラウンドでした。スコアは41、36のトータル77でしたが、今年85歳を迎えた和泉氏にとって幸先良いスタートが切れた様です。

 今年は振り返る事84ラウンドを記録するものの、ゴルフの調子が今一つ上がらず未達成の日が3日有り、結果的には81ラウンドをエージシュートで飾る事が出来ました。この間4月27日には南部シニアにて準優勝、5月7日岩山正昭会ではベスグロ優勝、9月16日特岩手缶詰にて準優勝、10月19日特戸田久祭りで優勝、10月29日特29肉祭りにて準優勝、11月9日南部シニアにてベスグロ優勝との戦歴を重ねて来ました。

 特に今年10月22日には、IBC岩手放送の村松文代アナの取材受けると共に、この日記念すべき670回目と言う切りの良いエージシュートを達成出来ました。この時の模様は同放送局の「村松文代のフォア~」と言う番組にて、12月8日朝7時25分から15分間オンエアされました。お聞きに成りたい方は、ラジコのタイムフリーにて可能です。

 エージシュート未達ラウンドを含めた84ラウンドの平均スコアは79.27ですが、記録を達成した81ラウンドの平均スコアは78.95と言う事になります。12月に入り東北地区の天候は不順と成り、和泉氏のゴルフシーズンは一旦お休みと成りますが、来年シーズン開幕と共に目指すは当面700回目と言う事になります。

 和泉氏曰く、順調に行けばゴールデンウイークに突入した頃に、達成出来るのでは無いかと考えている様です。12月のこれからは和泉氏にとって、大切なスキーシーズンの始まりです。和泉氏はスキーに取り組む事で、ゴルフに不可欠な下半身強化を行っているのですが、これ無くしてエージシュートの達成も又無いとも言えます。和泉氏の挑戦は続きます。

 以前の和泉氏に関する記事は、次のリンクよりご確認頂けます。
和泉覚氏2017年11月11日エージシュート600回達成

金谷拓実選手2019年マスターズ出場権獲得

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               < 金谷拓実選手=主催者提供 >

 2018年10月4日~7日までの4日間、シンガポールのセントーサゴルフクラブ・タンジョンコース(6,847ヤード_パー70)にて行われていた第10回アジア パシフィックアマチュア選手権に於いて、日本の金谷拓実選手(東北福祉大=20歳)が通算13アンダーにて見事優勝しました。

 日本人選手の優勝は松山英樹選手以来二人目となりましたが、この大会はアジア太平洋地域に於ける将来性の有るアマチュアゴルフアー育成を主な目的としており、優勝者には来年のマスターズトーナメントと全英オープンへ出場出来る権利が与えられます。過去9大会の優勝者は、下記の通りです。

開催年 優勝者 開催国
2009年 ハン チャンウォン(韓国) 中国
2010年 松山英樹(日本) 日本
2011年 松山英樹(日本) シンガポール
2012年 グアン ティアラン(中国) タイ
2013年 イ チャンウー(韓国) 中国
2014年 アントニオ マーダカ(豪州) 豪州
2015年 ジン チェン(中国) 香港
2016年 カーティス ラック(豪州) 韓国
2017年 リン ユーシン(中国) ニュージーランド

 今大会へは6名の日本人選手が参加しておりますが、中島啓太選手2位タイ、大澤和也選手24位タイ、呉司聡選手30位タイ、丸山奨王選手30位タイ、大西魁斗選手は残念ながら予選落ちでした。

 今大会の結果、来年のマスターズトーナメントへは少なくとも松山英樹選手と金谷拓実選手の2名が出場出来る事から、日本のゴルフファンの期待も大いに高まる事と思われます。関連する以前の記事は、下記のリンクよりご確認頂けます。
「2019年女子アジア太平洋アマチュア選手権」はザ・ロイヤルGCで開催

ケプカ選手_tact.jpg

                  < 大会事務局提供 >

 ダンロップフェニックストーナメント大会事務局は2018年8月31日、ブルックス ケプカ選手が11月15日より開催されます『ダンロップフェニックストーナメント』へ今年も又参戦する事を明らかにしました。同選手は2016年と昨年の2017年の2度優勝しており、今年は3連覇がかかっています。

 3連覇は過去44年に及ぶ同大会の歴史の中で、達成者は尾崎将司選手唯一人です。同選手は1994年と1995年そして1996年に、同大会で優勝を飾っております。そしてこの記録に王手がかかった選手は、ケプカ選手以外でかつて3人おりました。ラリー マイズ、タイガー ウッズ、ルーク ドナルドの各選手です。

 史上二人目の達成者が現れるのか?唯一その権利を持っているのはケプカ選手のみであり、同大会の大きな関心事になっております。それを阻止するのは一体誰なのか、俄然日本選手に注目されます。現時点で松山英樹選手や小平智選手のエントリーは無いものの、PGA TOURを主戦場に戦う2選手にかかる期待は大きいものがあります。

 2018年全米オープン優勝そして2018年全米プロ優勝と、輝かしい記録を引っ提げ参戦するケプカ選手に伍して戦う日本選手の出現は、日本のゴルフファン熱望の戦い絵図に他なりません。是非松山、小平両選手には参戦し、優勝争いを展開して欲しいものです。

 大会事務局(TEL 0985-37-9000)では、既に9月1日よりチケット販売を開始したとの事です。

訃報_新関善美氏8月22日ご逝去

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 プロゴルファーの新関善美氏が2018年8月22日15時02分(水曜日)、山形大学附属病院(山形県山形市)に於いて亡くなりました。死因は脊髄腫瘍との事です。葬儀は8月26日(日曜日)セレモニーホール山形(山形県山形市鉄砲町二丁目21-25_TEL023-633-8900)にて、午後2時より行われます。喪主は奥様の新関由美子氏です。

 故人は1954年9月29日が誕生日ですから、間もなく64歳の誕生日を迎えようとした63歳でした。1978年12月1日に日本プロゴルフ協会(以下PGA)へ入会し、これまで通算6勝(下記一覧)の実績があります。2012年からはPGAの代議員を務めると共に、2016年からは理事をも務めていました。

 特に今年2018年PGAの会長選挙へ故人は自ら立候補し、倉本氏の52票に対し30票を獲得すると言う、肉薄した戦いを展開しました。3月22日の結果は敗戦と言う事にはなりましたが、存在感を存分に見せつけた戦いでした。

1 1988年 第18回ミズノオープンゴルフトーナメント
2 1989年 89日経カップゴルフトーナメント中村寅吉メモリアル
3 1990年 くずは国際ト?ナメント
4 1994年 第2回東北オープンゴルフ選手権競技
5 1998年 PGAグローイングツアー
6 1999年 アイフルチャレンジカプ スプリング

 故人が残したゴルフ界改革の思いは、今後次世代へ引き継がれて行く事と思われます。ご冥福をお祈りします。

片山晋呉プロ謝罪会見20180627_TACT.jpg

                沈痛な表情で語る青木会長

 片山晋呉プロによる『不適切対応』に対するJGTOの処分は、30万円の制裁金と厳重注意と言う事になりましたが、片山プロ自身は当面トーナメント出場を自粛するとしました。片山プロはこれまでのプロ生活に於けるプロアマ大会を振り返り、アマチュアとの接し方などを誰に教わったと言う事も無く、見よう見真似で覚え今日に至り、今まで通りの事をこの度のプロアマ戦でも行ったと語りました。

 JGTOはこの度の件を総括する中、<ツアープレーヤーがプロアマ大会に於けるアマチュアへの接し方など自らの指導力不足があった>としました。今後は指導及び研修を徹底し、規則の改定も含めて厳罰化する事も、検討する必要が有るとしたのです。

 この様な動きに対しJGTO副会長であり選手会長の石川遼氏は、<規則でがんじがらめにされると、選手個々の個性が失われ、逆に委縮してしまうのでは無いか>と懸念する声も上げたのです。

 今年JGTOは青木・石川体制へ移行し、トーナメントのホスピタリーを重視する方向性を打ち出しました。そしてその成果も見え始めた現在ですが、今後プロアマ大会に於ける選手の在り方を、どの様に指導して行くのでしょうか。普段無口なプロに対し<お笑い芸人の様にネタの一つも披露しなさい>、とでも言うのでしょうか。

     石川選手会長20180627.jpg      片山晋呉20180627.jpg

 当日出席した野村JGTO理事は、<プロアマ大会は接待では無い>趣旨の発言をされたのですが、これは現実を軽視した発言であり、接待の何処がいけないのでしょうか。トーナメントを主催する企業がプロアマ大会出席者を人選し、普段接する事の無いプロと一日楽しくラウンドしてもらう、この事が何よりもプロアマの目的なのでは無いでしょうか。

 この度の事件は、片山プロの社会人としての節度の無さ、コミュニケーション不足が大きな要因であり、それを指導してこなかったJGTOにも相応の責任があると言わざるを得ません。技術偏重が招いた結果だとも言えますが、これを機会に人間性豊かなプロゴルファーが多く育つ事、これが何よりも求められている様に思われます。

 なお片山プロより直接謝罪を受けたA氏は、片山プロに対し一日も早いトーナメントへの復帰を願っている、と発言されている様です。

 前回の記事は、下記のリンクよりご確認頂けます。
片山晋呉プロ『不適切対応』に対する謝罪会見_その1

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                 謝罪する片山晋呉プロ

 一般社団法人日本ゴルフツアー機構(以下JGTO)は、2018年6月27日定例理事会後の記者会見を都内会場にて行い、2018年5月30日『日本ゴルフツアー選手権森ビルカップ』プロアマ戦での不祥事に付いて、総括と謝罪をしました。当日の事実関係に付いてJGTOが明らかにした内容は下記の通りですが、紙面の都合上若干抜粋と咀嚼部分があります。

  • 13番ホールグリーン上で同伴アマチュアがプレー中にも拘らず、片山プロがパッティング練習を同グリーン上で始めた。
  • 同組全員が13番をホールアウトした後も片山プロは、同グリーン上で引き続きパティング練習及びグリーン付近でアプローチ練習を行っていた。
  • その後14番ホールティーンググランドへ移動していたA氏より、大きな声で移動する事を促された。
  • 片山プロが14番ホールティーンググランドに着くと前の組が居た為、片山プロは<まだ前の組が居る>趣旨の発言をした。
  • A氏は片山プロが同伴アマチュアに対する配慮が欠けると苦言を呈し、片山プロは<すみません>と対応。
  • 14番ホールでのティーショット後A氏は<帰る>と発言し、ドラーバーショット地点から迎えに来た同ゴルフ場総支配人のカートにてクラブハウスへ戻った。
  • クラブハウスへ戻ったA氏に対し、総支配人とJGTO競技運営部担当部長が事実関係の確認を行った。
  • 同日午後JGTOは青木会長も含め対応を協議し、片山プロに対し制裁金30万円を科す事を決定。
  • 6月8日(金)片山プロはA氏訪ね謝罪。
  • 6月13日(水)片山プロは本大会特別協賛社を訪ね謝罪。
  • 6月15日(金)片山プロはトーナメント出場自粛を発表。

 これだけの事を見るならば大変穏やかなプロアマ大会であり、ことさら問題視する事ではない様に思えます。反対にA氏は短気なのかと、思わさせてしまう様な印象を受けてしまいます。果たしてそうだったのでしょうか。

 続きは次回へ

 なお関連する以前の記事は、下記のリンクよりご確認頂けます。
片山晋呉選手は当面の間、トーナメント出場を自粛
片山晋呉プロへの処分検討とJGTOが6日発表

 片山晋呉選手は2018年6月15日自らのブログサイト_Club45に於いて、先般5月30日に開催された『日本ゴルフツアー選手権森ビルカップ』プロアマ大会での自らの行動に対し、反省の謝罪文を掲載しました。

 下記点線内は、全て原文のままです。


2018年6月15日 13:00

ファンの皆様へ
ファンの皆様には、日頃から温かい応援を頂き、本当にありがとうございます。
また、日ごろ、私がプロゴルファーとしてプレーさせて頂くにあたり、様々なご支援、ご関係を頂いている、各大会主催者様やご関係者の皆様、大会ボランティアの皆様、スポンサーの皆様、日本ゴルフツアー機構、ジャパンゴルフツアー選手会をはじめとしたプロゴルファーの皆様、その他の皆様に対しましても、同じように、深く感謝しております。
この度の件に関しまして、皆様へのご報告とお詫びをさせて頂きたく、以下のとおりお知らせさせて頂きます。
去る5月30日(水曜日)に行われました、日本ゴルフツアー選手権森ビルカップ Shishido Hillsでのプロアマ大会におきまして、私の行動により、同伴ゲストの方々に不愉快な思いをさせてしまい、その結果、皆様に多大なご迷惑をおかけしてしまいました。本当に申し訳ございません。心よりお詫び申し上げます。
今回の件につきましては、現在、日本ゴルフツアー機構において調査が行われており、その後、懲戒・制裁委員会が開催されると承っております。私としては、当該調査に全面協力させて頂くとともに、機構の決定を真摯に受け止める所存でございます。
なお、プロアマ大会において、プレー継続を断念されましたゲストの方には、6月8日(金曜日)に、また、ゲストの方をプロアマ大会にご招待された大会特別協賛社様には、一昨日6月13日(水曜日)に、それぞれ訪問させて頂き、私から直接のお詫びをさせていただいております。ご両者におかれましては、私の訪問をお受けいただいたことについて、深く感謝いたします。
上記のとおり、現在、機構において調査が行われており、しかる後に、私に対する処分が行われるものと理解しておりますが、私は、今回の件について、皆様に対して謝罪と反省の意を示すとともに、自らを深く振り返る時間を持つべく、自らの意思として、当面の間、トーナメント出場を自粛させて頂くことにいたしました。この自粛により、新たに関係各位の皆様にご迷惑をおかけすることになることも十分認識しておりますが、何卒、ご容赦いただければ幸いです。申し訳ございません。
繰り返し恐縮でございますが、この度は、本当に申し訳ございませんでした。
プロゴルファー 片山晋呉

パーゴルフ2018年6月12日号.jpg ゴルフ週刊誌『パーゴルフ』のご担当者より、ゴルフ会員権に関する原稿依頼が有ったのは2018年5月中旬でした。二度目と言う事も有り安易に引き受けてしまったのですが、何とか5月22日の締め切り日には、ご担当者へ原稿を送る事が出来ました。

 やれやれと思いながら日常業務にいそしんでいた当日の昼頃、ご担当者より赤文字でびっしりと書かれた添削原稿が、e-mailで突如送られて来たのです。と同時にご担当者からお電話もあり、内容は急な修正依頼でした。いわゆる<ダメ出し>と言うものです。

 文体が硬くなっている様なのです。ご担当者は私を気遣い「格調高い」などと表現し、慰めて下さったのですが、要するに使えませんよ!と言う事です。締め切りを確認したところ、23日水曜日の午前中には遅くとも欲しいとの事でした。

 ご担当者よりご指摘を受けた点に注意しながら、これまでの原稿に修正・加筆する事を止め、ほとんど一から書き直しました。何とか責任を果たせた様に思えたのですが、5月29日店頭に並んだ内容は『ゴルフ会員権 景気と同じく穏やかに回復か?』と言うものです。

 是非、お目通し頂きたくお願い申し上げます。
週刊パーゴルフ 6月12日号 420円(上田桃子選手が表紙)

資生堂/三浦桃香選手5月28日1.jpg

 女子プロゴルファーの三浦桃香選手(19歳_フリー)は、資生堂の日焼け止めブランド「アネッサ」とのスポンサー契約を、2018年5月28日締結したとして同日東京都内会場にて記者会見を行いました。

 日焼け止めの国内市場動向は年平均5%と穏やかに拡大している中、「アネッサ」は17年連続No1の売り上げシェアを獲得しているとの事。同商品はアジア市場に於ける成長率も目覚ましく、2014年から17年まで年平均プラス36%を獲得。

 成長著しいこのブランドが更に市場拡大へ向け、白羽の矢を立てたのが三浦選手です。同選手は9歳よりゴルフを始め、様々なアマチュア競技で活躍する中、高校生の頃から「アネッサ」は、手放せないゴルフアイテムになっていた様です。

 同選手は2018年前半のLPGAツアーを、昨年のQTランキング34位の出場資格で戦っており、話題にも事欠かないのですが、6月1日開幕の「ヨネックスレディス」よりこのブランドでの出場となります。「アネッサ」は太陽の下で活躍する人を応援したいとしております。

ゴルフコース設計家_加藤俊輔氏ご逝去

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 ゴルフコース設計家の加藤俊輔氏が、2018年4月17日早朝に千葉県の病院にて、お亡くなりになられました。氏は1933年11月12日のお生まれですから、今年85歳を迎えようとしておりました。お通夜は昨日4月19日、告別式は本日20日千葉県の北習志野斎苑(船橋市習志野台2-12-30_TEL047-490-4194)にて、午前10時より行われます。

 氏の設計家としての手腕は並々ならぬものがあり、今日まで国内70余のコースを設計しております。特に太平洋クラブ御殿場コースは、秋に開催されるビッグトーナメントの会場として広く知れ渡っておりますが、それはまた氏の代表作とも言えつとに有名です。

 氏は1986年カトーインターナショナルデザイン株式会社を設立・独立し、1993年には日本ゴルフコース設計者協会設立に尽力し、初代理事長に就任しております。現在同協会の理事長である川田太三氏は、この度の訃報に際し次の様に語っております。


 弊協会は1993年の設立ですから、今年25周年を迎えます。当時設計家の集まりは無く、加藤さんが一人でさまざまな設計家とコンタクトを取り、まとめ上げられたのが弊協会です。

 加藤さんは70余りのユニークなゴルフコースを造り、コース設計の重要性を訴えて来ました。残念ながら加藤さんは3年に満たない期間で理事長を退任されていますが、私個人としては長く務めて欲しかったと思っていました。

 私が弊協会の理事長になり今年5年目を迎えていますが、加藤さんの遺志を受け継いで、設計家がゴルフ場と強く関わっていける様、頑張りたいと思います。


 加藤俊輔氏がゴルフ業界へ残した功績は、大きく計り知れないものがあります。ご冥福をお祈りします。

 PGMホールディングス株式会社(以下PGMグループ)では2018年2月に入り、笠りつ子プロを筆頭にその他昨年プロテストに合格した新人の田村亜矢、小倉ひまわりの2選手とスポンサーシップ契約を締結しました。

 笠、小倉2選手は上着の左袖口に、田村選手はキャップの左ツバ部分に「PGM」のロゴを入れて、今シーズンのツアーを戦い抜きます。

   PGM小倉ひまわり_20180228.jpg   PGM_笠りつ子20180228.jpg   PGM田村亜矢_20180228.jpg
    小倉ひまわりプロ       笠りつ子プロ        田村亜矢プロ

☆ 笠 りつ子プロ経歴
・2006年プロテスト合格 / ツアー通算5勝 / 2012年よりPGMグループがサポート
「今シーズンは、まず1勝、そして複数回優勝を目標として自分らしく元気に上を向いて戦って行きます。」

☆ 小倉 ひまわりプロ経歴
・2017年プロテスト合格 / <IMGA世界ジュニアゴルフ選手権>団体戦で2015~16年連続優勝
「ジュニア時代、PGMさんが冠スポンサーを務める<PGM世界ジュニアゴルフ選手権日本代表選抜大会>への出場を機に、その後世界大会で戦う経験を積むことができたことなど、PGMさんとはとてもご縁を感じています。」

☆ 田村 亜矢プロ経歴
・2017年プロテスト合格 / 東北ジュニア選手権優勝、東北女子アマ選手権優勝
「PGMさんが運営する<利府ゴルフ倶楽部>で働きながら練習を積まさせていただき、プロテストに合格することができました。<利府ゴルフ倶楽部>は、私にとって"第二の故郷"だと思っています。」

 昨年のプロテストに合格した選手には、魅力的選手が多いと言われている中、PGMグループとしては順当な選手確保が出来たと言えるのでは無いでしょうか。これも一重にジュニア育成に力を入れている、PGMグループだったからなのかも知れません。

 今回の契約者の一人田村プロは、利府ゴルフ倶楽部の従業員として通常勤務をしながら練習に励み、プロテストに合格した経緯をもっております。近年まれなキャリアの持ち主の様にも思われますが、ジュニア時代の戦績に甘える事無く、現実を直視し目標を達成しようとする姿には、共感させられるものが多いと言えます。

 笠りつ子プロをリーダーとして、今シーズン大いに3選手の活躍が期待されます。

第6回日本プロゴルフ殿堂_2018年1月29日.jpg 2018年1月29日(月曜日)一般財団法人日本プロゴルフ殿堂(理事長_松井功)は、都内会場に於いて第6回日本プロゴルフ殿堂顕彰者を発表しました。今回顕彰された方々は、レジェンド部門から故・藤井義将(ふじい よしまさ)氏、プレーヤー部門から金井清一(かない せいいち)氏と吉川なよ子(よしかわ なよこ)氏のの合計3名です。

☆ 藤井 義将 (1929年7月1日~2015年2月26日)
福岡県出身。21歳でプロ入りし、1962年に埼玉県の霞ヶ関CCとトーナメントプロ契約。ゴルフ場所属では無く、トーナメントで活躍する新しいスタイルの先駆けとなった。
日本オープン1勝、日本プロシニア2勝など通算23勝。

☆ 金井 清一 (1940年7月24日生まれ77歳)
新潟県出身。東京・秋葉原の電器店で働いていた時に覚えたゴルフにのめり込み、1965年にプロテスト合格。サラリーマン出身でゴルフ場に属さず師匠を持たない、当時では珍しいプロ。
日本プロ2勝、関東プロ1勝などレギュラーツアー12勝、シニアツアー17勝、シニア賞金王5回などの戦績を残す。

☆ 吉川 なよ子 (1949年2月18日生まれ68歳)
北海道出身。中学卒業後札幌市内で働き、19歳で皇子山CC(滋賀県)にキャディーとして就職。1972年23歳でプロテストに合格。
日本女子オープン2勝、JLPGAレディーボーデンカップ1勝、マツダジャパンクラシック1勝など通算29勝。1988年には賞金女王となる。

      第6回日本プロゴルフ殿堂_2018年1月29日-1.jpg     第6回日本プロゴルフ殿堂_2018年1月29日-2.jpg 

 この記者会見上で松井理事長は2020年頃を一つの目安として、公益財団法人日本ゴルフ協会(JGA)が1979年に兵庫県の廣野ゴルフ倶楽部に設立した<JGAゴルフミュージアム>と、当該ゴルフ殿堂との合体・統一を視野に入れて、JGA側と話し合いがもたれている事を明らかにしました。

 目指すものは日本版の<世界ゴルフ殿堂>とも言えるものですが、その必要性に付いては大方のコンセンサスが、双方に出来上がっているとの事です。この様な組織が出来上がったならば、アマチュアやプロなどのプレーヤーに限らず、幅広い分野よりゴルフに貢献された方々が顕彰されて行く事と思われます。

 尚、顕彰式典に付きましては、2018年3月23日ジャパンゴルフフェア会場にて行われます。関連する前回の記事は、下記のリンクよりご確認頂けます。
第5回日本プロゴルフ殿堂入り顕彰者発表

表純子氏_2018年1月25日.jpg 日本ゴルフジャーナリスト協会(以下JGJA)は昨年暮れの理事会に於いて、2017年度JGJA大賞を女子プロゴルファーの表純子(オモテ ジュンコ)氏へ贈呈する事を決議し、2018年1月25日都内会場にてその授賞式が行われました。表彰理由は表氏が、241試合最多連続出場記録を達成した事によるものです。

 表純子氏は2011年の開幕戦から、2017年ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンまでの241試合、開催された試合全てに出場しました。残念ながら241試合目の翌週である9月28日開幕の日本女子オープンへは、出場資格を獲得できなかった事から、連続出場記録はここで途絶えてしまったのです。

 しかしながらこの記録は、まさしく鉄人と呼ぶにふさわしい活躍だったと言え、多くの若手選手から聞こえて来る声は、<それは無理>と言う悲鳴に近いコメントばかりです。この様な活躍を支えてきたのは、強靭な体と夫の支えであり、そして何よりもゴルフが好きで試合に出場出来る事が、何よりも楽しいからだと彼女は語りました。

 プロキャディとして表プロのバッグを試合中にかついでいる夫の広樹氏曰く、試合中は妻が主役であり余計な事はしない様にしているとし、試合が終わればその話はほとんど夫婦の会話に出て来ないと語ったのですが、オンとオフの切り替えが自然と出来ている様でした。そして何よりもお互いを、大切なパートナーとして尊重しあっている事が、ツアー転戦の秘訣でもある様でした。

 昨年は思う様な成績が出せずに苦しんだ表プロですが、その不振の大きな要因は右肩痛でした。そしてそれは2017年10月6日『スタンレーレディス』初日、14番ホールのセカンドショットを打った直後に激痛として現れ、途中棄権せざるを得ない状況へ追い込まれてしまったのです。

 2017年11月27日切れた腱の手術をおこない、現在はリハビリ中ですが、少なくとも半年はこの期間に当てなければならない様です。現在一般社団法人日本女子プロゴルフ協会より「トーナメント特別保障制度」の適用が認められ、ツアーへ復帰できる可能性は残しているものの、体の回復が何よりも重要であり、焦らない気持ちで臨むとしております。

 早ければ今秋にも鉄人の活躍を見る事が出来ると思いますが、表プロの師匠でもある岡本綾子氏からは、<ゆっくり休んで>と言われたとの事です。鉄人・表純子プロの復活を、ゆっくりと待ちたいものです。

Mr.izumi_tact-aonuma-22_1.jpg 岩手県の和泉覚氏(84歳)が、2017年11月11日盛岡カントリークラブに於いて、通算600回目のエージシュートを達成しました。盛岡スキー協会主催のコンペにて、39、39のトータル78ストロークでまわって来たのです。

 昨年は10月20日に早々と500回目を記録したのですが、更に記録を伸ばし、512回を数えてシーズンを終了しておりました。今年は513回目からの記録スタートとなったのですが、4月5日のシーズン初日は残念ながら記録達成には至りませんでした。これは例年の事の様ですが、その後は順調に記録を更新し、通算90ラウンド目と成った11月11日に、エージシュート88回目を達成したのです。と同時にこれが記念すべき600回目と成りました。

 和泉氏は昨日盛岡カントリークラブにて、今年92回目のラウンドを達成すると共に、エージシュートも又90回目と成りました。42、38の合計スコア80で回って来ての結果でした。これまでシーズン初日と<ねんりんピック大会>の2回が、記録未達成との事でした。今年はまだ数ラウンド出来るのでは無いかと和泉氏は考えており、チャレンジしようとしております。

 和泉氏の鉄人ぶりは目を見張るものが有りますが、それにも増して技術の衰えをカバーしている日頃の努力が、この様な記録達成の裏付けになっていると思われます。来年は700回目のエージシュート達成を目指す事と思われますが、年間約90ラウンドと言う平均的なペースからすれば、順調に行ってシーズン終了間際になるのでは無いかと思われます。

 前回の和泉氏のエージシュートに関する記事は2016年12月12日でしたが、これは下記のリンクよりご確認頂けます。
和泉覚氏は2016年に512回目のエージシュート達成

 2017年11月5日埼玉県の霞ヶ関カンツリー倶楽部に於いて、安倍首相とアメリカのトランプ大統領によるゴルフが計画されております。これは今年2月に安倍首相がトランプ大統領を訪問した折に、フロリダ州にあるトランプ大統領所有のゴルフ場へ招かれラウンドしており、今回はその外交儀礼上の返礼とも言えるものです。

 2月11日に両首脳が<トランプナショナルゴルフクラブ ジュピター>で18ホールをラウンドした折には、世界的トッププレーヤーのアーニー エルスさんが同伴しました。今回日本を公式訪問するトランプ大統領を迎え入れるに当たり同伴するのは、PGA TOURで活躍中の松山英樹選手です。

 松山選手側はゴルフ外交の詳細を知らされていないものの、政府側からの指示が有り次第対応出来る状態であり、その様に政府側からの問い合わせに回答しているとの事です。日本のゴルフ外交に松山選手が一役買う事になる訳ですが、松山選手にとってもプロゴルファーとして大変名誉な事だと言えます。

 ゴルフはコミュニケーションツールとしての役割が広く認識されており、日米外交に於いても上手に活用されて来ている様に思われます。振り返れば安倍首相の祖父にあたる岸信介元首相が、1957年に当時のアイゼンハワー大統領とゴルフを楽しみ、親密度を増した事はつとに有名な話となっております。

 この度のゴルフは外交安全上の問題から、細かい情報が政府サイドから明らかにされていません。しかしながら世界的に活躍する松山選手の話題は、男子ゴルフツアーのテレビ視聴率が伸び悩むなどの話がある中、少しでも日本のゴルフ界を明るくする材料に他ならず、ゴルフへの関心が少しでも高まる事を期待せずにはおれません。

松山英樹選手top.jpg             <上記写真は大会事務局提供による。>

 2017年10月17日ダンロップフェニックストーナメント大会事務局は、2017年11月16日(木)から開催される『第44回ダンロップフェニックストーナメント』へ、松山英樹選手が参戦する事を発表致しました。同選手は昨年2016年大会を欠場しておりますが、今年2017年は通算6回目の出場となります。

 PGA TOUR2016~2017シーズンのプレーオフ4戦に於いて松山選手は、必ずしも力量を充分に発揮出来ませんでした。ドライバーヘッドの破損と言うアクシデントや、風邪による体調不良などもあり、調子は下降曲線を描いた様に優勝争いからは脱落しておりました。

 しかしながら2017~2018シーズンが開幕するや否や、ツアー第2戦から参戦した自身の初戦では、5位タイへ入り徐々に復調しつつある姿を見せてくれています。PGA TOURで鍛えられた爆発力すなわち驚異的なバーディラッシュを、日本のゴルフファンの前でも見せてくれるのか、大いに注目されますし楽しみでもあります。

 今大会は限られた84名の選手達により戦われますが、PGA TOURからは松山選手を除き下記5名の有力選手が参戦します。現地観戦出来ない方は、地上波及びCSにて見る事が出来ます。日本ゴルフツアー終盤の、見どころたっぷりな大一番です。

  1. Brooks KOEPKA(ブルックス ケプカ)_2017年全米オープン優勝、昨年の同大会優勝
  2. Xander SCHAUFFELE(ザンダー シャウフェレ)_PGA TOUR昨シーズン2勝
  3. Wesley BRYAN(ウェズリー ブライアン)_PGA TOUR昨シーズン1勝
  4. Cody GRIBBLE(コディ グリブル)_PGA TOUR昨シーズン1勝
  5. Harold VARNERIII(ハロルド バーナー三世)_2016オーストラリアPGA選手権優勝

訃報_清元澄子氏9月16日ご逝去

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 一般社団法人日本女子プロゴルフ協会は、2017年9月27日同協会顧問の清元澄子(きよもと たかこ)氏が、誤嚥性肺炎により9月16日神奈川県横浜市内の病院で、亡くなった事を発表致しました。1939年6月15日生まれの同氏は今年78歳を迎えており、2月には様々な活躍・活動が評価され日本ゴルフ殿堂入りを果たしておりました。

 選手としての活躍は、1973年LPGA競技のトヨトミレディスに於いて、アマチュア初の優勝を成し遂げており、1974年9月に14期生としてプロ活動に入ってからは、下記の様なツアー7勝と言う成績を残しております。

1975年 大雪山女子オープン
1975年 諏訪湖女子オープン
1976年 大分月形国際オープン
1977年 諏訪湖女子オープン
1978年 日本女子オープンゴルフ選手権競技
1980年 北海道女子オープンゴルフT
1981年 広島女子オープンゴルフトーナメント

 同氏は同協会の役員も1980年より務めており、1995年から1996年までの1期は会長職、更に副会長職は6期の長きに渡り務めて来ました。この間ティーチング資格制度の基盤を立ち上げると共に、ジュニア指導者の育成にも尽力しました。

 また自らが直接指導に当たった不動裕理、大山志保、古閑美保の3選手は、女子ゴルフ界に於いて輝かしい実績を打ち立てたてており、いまだ記憶に新しいところと言えます。故・清元澄子氏は、まさしく日本女子ゴルフ界に於ける、偉大なレジェンドでした。

 2017年10月12日(木)~15日(日)までの4日間、岐阜県関市の岐阜関カントリー倶楽部で開催される『2017年度(第82回)日本オープンゴルフ選手権』(以下日本オープン)へ、米国ウエブドットコムツアーの入れ替え戦で戦っている石川遼選手が出場する事を、9月20日夕方公益財団法人日本ゴルフ協会(以下JGA)が明らかにしました。

 日本のゴルフファンやゴルフ関係者より、絶大な人気を誇る石川選手ですが、片や残念な発表もありました。それは昨年2016年の同オープン優勝者の、松山英樹選手が欠場する事です。これも又昨日、JGAへ松山選手の関係者を通じて、連絡が入りました。PGA TOURを戦う両選手の揃い踏みを、何よりも楽しみにしていた日本のゴルフファンや関係者にとっては、少し残念な結果になってしまったと言えます。

 ところで出場を決めた石川選手の現状はどの様なものかと言えば、入れ替え2戦を終了し約25,000ドルを稼ぎ21位に位置しています。この21位までには、既に来季PGA TOUR出場権を確保した5選手が、陣取っている事から実質16位とも言えます。25位以内へ与えられるPGA TOUR出場権ですが、4万ドルが安全圏の目安と言われているものの、35,000ドル近辺でも大いに可能性が有ります。

 石川選手は残り2試合で予選落ちが無く、1試合でも単独10位以内へ入れれば、来季多くのPGA TOURへ出場する事が出来ます。この様な現在の見通しの良さから出場に踏み切ったのかもしれませんが、石川選手は日本オープンとの相性も良く、それは過去の記録を確認するだけで一目瞭然です。その成績は下記の通りです。

2008年第73回大会 古賀GC 2位
2009年第74回大会 武蔵CC・豊岡 2位タイ
2010年第75回大会 愛知CC 8位タイ
2011年第76回大会 鷹之台CC 18位タイ
2012年第77回大会 那覇GC 35位タイ
2016年第81回大会 狭山GC 7位タイ

 入れ替え最終戦のウエブ ドットコムツアー チャンピオンシップは、10月1日に最終日を迎えますから、日本オープン出場時には既に結果が出ております。明るい笑顔の石川選手の活躍を見たいものです。

訃報_宮本省三氏9月4日ご逝去

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 往年の名プレーヤーである関西の宮本省三(みやもと しょうぞう)氏が、2017年9月4日の午後5時5分に肝血管肉腫の為、大阪府内の彩都友紘会病院にてお亡くなりになりました。1940年3月1日生まれですので御年77歳でした。告別式は9月6日本日11時30分より、大阪府吹田市桃山台5-3-10_公益社千里会館(TEL 06-6832-0034)にて行われるとの事。

 1961年11月に21歳で日本プロゴルフ協会へ入会後、小柄な体ながら切れ味鋭いショットをくりだし、1973年にツアー制度移行後の2勝を含め、レギュラーツアーは9勝しております。シニアの年齢になってからも3度優勝しており、通算の優勝回数は12勝を数えます。その概要は下記の通りです。

優勝年 トーナメント
1962年 第26回関西プロゴルフ選手権競技大会
1962年 報知プロ新人
1966年 関西オープンゴルフ選手権競技
1967年 第35回日本プロゴルフ選手権大会
1967年 瀬戸内海サーキット広島
1968年 チャンピオンズ
1968年 くずは国際トーナメント
1974年 スポーツ振興インターナショナル
1983年 83デサントカップ北国オープンT
1990年 第22回関西プロシニア選手権競技
1990年 第1回ミズノシニアクラシックゴルフT
1991年 91KTVプロゴルフシニアトーナメント

 故人は長くレギュラーツアーで活躍し、60歳以上のアマチュアゴルフファーにとっては、テレビで見るお馴染みの顔でした。合掌。

チェ・ヘジン選手20170831-1.jpg 株式会社オンワード樫山とその子会社であるオンワードカシヤマコリアCO,LTD.は、2017年8月25日韓国の女子プロゴルファー_チェ ヘジン選手と、『23区GOLF』ウエア提供契約を締結しました。

 チェ選手は1999年8月23日生まれですので、プロ転向した24日はちょうど18歳の誕生日を迎えた翌日と言う事に成ります。ある意味この日を待ってプロ転向したとも言えるのですが、アマチュア選手としての実績は、何時プロ選手となってもおかしく無い程のものでした。

 特にいまだ記憶に鮮明なのは、今年2017年7月13日より16日までの4日間、ニュージャージー州のトランプナショナルゴルフクラブ(6,732ヤード_パー72)で開催された、『第72回全米女子オープンゴルフ』に於けるチェ選手の活躍です。優勝したのはパク ソンヒョン選手でしたが、もしかしたらアマチュアである同選手の優勝が有り得る様な、最終日バックナインでの大活躍でした。

 同オープンを制覇したパク選手に2打差を付けられ結果的には2位でしたが、自国でのKLPGAツアーではアマチュアながら2勝しており、チェ選手のプロ入りは時間の問題とも言われておりました。数々の実績は下記の通りです。

2014年 第17回アジア競技大会ゴルフ女子団体銀メダル
2015年 世界ジュニア選手権個人及び団体戦優勝
2016年 世界女子アマチュア選手権個人及団体戦優勝
2017年 LPGAツアー全米女子オープン2位
KLPGAツアーチョジョンヨンピョンOP優勝
KLPGAツアーBOGNER MBN 女子OP優勝

 チェ選手のプロ転向第1戦は、8月31日に開幕した韓国のメジャーであるKLPGAツアー『ハンファクラシック2017』で、この試合より『23区GOLF』ウエアを着用しております。昨日の成績は1アンダー暫定30位タイでしたが、今後同選手の活躍の場は韓国内のみならず海外のトーナメントへ、出場する機会も多く見込まれております。

 経済や文化あらゆるものが伸び行くアジア地区に於けるゴルフは、コミュニケーションツールとして多くの人々の心を捉えだしており、167センチの身長から着映えするチェ選手の活躍は、今後ますます注目される事と思われます。